手織り活動と作業療法 - Bukkyo...

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赤松 智子 Tomoko AKAMATSU 島 真理子 Mariko SHIMA 宇野  明 Akira UNO 藤田 佳男 Yoshio FUJITA 保健医療技術学部論集 第2号(2008年3月) -11- はじめに 手織り活動は,古代より行われており織物の誕生は新石器時代といわれている 1)2)3) 。織物は 植物や動物の繊維からそれを撚って糸をつくり,経糸(たていと)と緯糸(よこいと)との絡 みあいによって産出される。その織りあがった布を加工して衣服や装飾品などが造られる場合 があり,職業やレクリエーションの要素が含まれ人との関わりは極めて深いと考えられる。 手織り活動には,織り工程における反復運動や巧緻動作といった身体活動,注意・記憶力と いった認知機能を必要とし,心身機能に同時に影響を与えることから,17世紀の欧米において 医師によってリハビリテーションの手段として処方され,日本では,作業療法の種目として 手織りは,世界各地で古来より行われており糸を絡めて布を織る活動である。 作業療法場面では創造性豊かで心身機能への治療的効果が期待できる種目として 利用されているが,作業工程が複雑であることから治療的介入に留まり,楽しみ や趣味活動として手織りを継続的に導入することは臨床において困難な場合が多 い。我々は,介護老人保健施設を利用する高齢者に対して,子どもから高齢者に 至るまで幅広い年齢層が楽しめることを目的に開発された手織り機とシェニール 糸を利用した手織りを実施し5年目に至った。これまでの経過から手織り活動を 利用した作業療法が高齢者にもたらす影響について述べる。 キーワード手織り 高齢者 作業療法 趣味活動 QOL 実践ノート 手織り活動と作業療法 The weaving chenille yarn and Occupational Therapy

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Page 1: 手織り活動と作業療法 - Bukkyo uarchives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/HO/0002/HO00020L011.pdfAkira UNO 藤田 佳男 Yoshio FUJITA 保健医療技術学部論集 第2号(2008年3月)

赤松 智子Tomoko AKAMATSU

島 真理子Mariko SHIMA

宇野  明Akira UNO

藤田 佳男Yoshio FUJITA

保健医療技術学部論集 第2号(2008年3月)

-11-

はじめに

手織り活動は,古代より行われており織物の誕生は新石器時代といわれている1)2)3)。織物は

植物や動物の繊維からそれを撚って糸をつくり,経糸(たていと)と緯糸(よこいと)との絡

みあいによって産出される。その織りあがった布を加工して衣服や装飾品などが造られる場合

があり,職業やレクリエーションの要素が含まれ人との関わりは極めて深いと考えられる。

手織り活動には,織り工程における反復運動や巧緻動作といった身体活動,注意・記憶力と

いった認知機能を必要とし,心身機能に同時に影響を与えることから,17世紀の欧米において

医師によってリハビリテーションの手段として処方され,日本では,作業療法の種目として

手織りは,世界各地で古来より行われており糸を絡めて布を織る活動である。

作業療法場面では創造性豊かで心身機能への治療的効果が期待できる種目として

利用されているが,作業工程が複雑であることから治療的介入に留まり,楽しみ

や趣味活動として手織りを継続的に導入することは臨床において困難な場合が多

い。我々は,介護老人保健施設を利用する高齢者に対して,子どもから高齢者に

至るまで幅広い年齢層が楽しめることを目的に開発された手織り機とシェニール

糸を利用した手織りを実施し5年目に至った。これまでの経過から手織り活動を

利用した作業療法が高齢者にもたらす影響について述べる。

キーワード■手織り 高齢者 作業療法 趣味活動 QOL

抄 録

実践ノート

手織り活動と作業療法The weaving chenille yarn and Occupational Therapy

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手織り活動と作業療法(赤松 智子・島 真理子・宇野 明・藤田 佳男)

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1960年代から手織り活動が取り入れられている4)5)6)7)8)。しかし,その効果は心身機能の維持・

向上とレクリエーション的要素を提供する内容であるといった指摘に留まり8)9)10)11),手織り活

動の治療的効果について一定の指標に基づき具体的に報告した内容は少ない。しかし, 効果

判定に必要な因子を探りなおかつ科学的根拠を提示することは必要である。

本稿では,高齢者を対象に川島織物(現,川島織物セルコン)製の簡単手織り機を用いてシェ

ニール織りを行った経験から,手織り活動を利用した作業療法についてその有効性を検討する。

1.簡単手織り機について

織機の種類は床上織機,卓上織機,木枠織機の三つに大別され,簡単手織り機は卓上織機に

該当し,片手で持ち運びできる軽量さを備えている。手織りの活動には,デザインの考案,図

案に応じた糸の見積もりと整経(糸の準備),織機に経糸を取り付ける機上げ,杼に緯糸を巻

きつける工程を完了した時点で「織り」の活動に入る。つまり,織り始めまでの準備段階にお

いて企画力,計算力,理解力,注意力や判断力,目と手の協調性や巧緻性といった能力を必要

とする。通常,織りといえば「織る」工程をイメージする場合が多いが,「織り」に至るまで

の準備段階に多くの労力と時間を要する。簡単手織り機は,これまでに市販されている卓上織

機12)13)14)15)16)17)18)19)と比較すると(表1),「織り」までの準備と仕上げ工程が簡易化され準備

時間の短縮により平織りとシェニール織りの2種の織物を作成できる装備となっている。また,

織り上げると20cm四角の大きさのハンカチに絵柄が完成するシェニール糸が開発されており,

好みの絵柄を選択すれば完成品の想定が容易であり取り組む動機づけとなる。つまり,手織り

を始めて取り組む人においては,完成品と同様の大きさが描かれた見本を作成途中において確

認できるため進捗状況の把握と作成意欲の継続に繋がる。

簡単手織り機の特徴を図1に示す。織機の前後のフックにジグザグに引っ掛け,糸巻き状の

表1.簡単手織り機と市販されている卓上織機との比較

作品のデザイン 自由度は高い

工 程 簡単手織り機 市販されている卓上織機

自由度は高いが,決まった絵柄を選択した 場合は固定される

作品の大きさ 横寸は織機の幅に依存するが, 縦寸は自由度が高い

最大では,約20×20cm四角

機上げまでの時間 工程が多く時間を要する 工程は少なく短時間で可能

織り 作品の大きさに比例して時間を要する 比較的,短時間で織り終える

後始末 織り始めと終わりの両側の処理が必要 織り終わり側の処理のみ必要

作品の用途 敷物,コースター,加工により小物入れ等。 大きな作品を布として加工して衣服作製等, 用途はかなり広い

敷物,ハンカチ,加工により小物入れ等。 最大は20cm四角であり,加工品の種類に は制限がある

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長い1本の糸が経糸として利用できる。また,綜絖(そうこう)通しの工程では,経糸を穴フ

ックにはめ込み取り付けられるよう工夫されている。織る工程においては,経糸をスライドさ

せる際にどちらの手でも扱いやすく使用できる握りハンドルが左右につけられている。仕上が

りの工程では,従来の織機では織り始めと織り終わりの両側の経糸を処理しなければならない

が,本機では織り終わりの始末のみであり後始末は他機に比べると半分の時間で済む。

2.介護老人保健施設における手織り活動の経緯20)

簡単手織り機を用いた手織りを趣味活動の一つとして,介護老人保健施設において作業療法

として取り入れてから5年目に至った。この施設は,平成13年に開設し,ショートステイや通

所リハビリテーション,居宅支援事業所を併設している。入所定員は100名であり,その内訳

は一般棟60名,認知症専門棟40名,デイケア定員は40名である。職員配置は,医師1名,看護

師9名,管理栄養士1名,常勤作業療法士2名,非常勤理学療法士・言語聴覚士数名,介護支

援専門員2名,支援相談員1名,常勤介護職員26名,非常勤介護職員数名である。手織り活動

を導入した当時は,開設されてから2年目であり利用者に提供するサービス内容の工夫やプロ

グラムの開発が盛んに展開されていた時期であった。これまでの過去4年間の手織り活動の経

過を,導入期,普及期,拡大期,安定期に分けて以下に説明する。

1)導入期

活動場所は一般棟,認知症専門棟,デイケアで実施し,手織り活動対象者は各々の階上で2

名とした。1対1で対象者の状況に応じて介入内容を変更した。特に注意障害の重症度に応じ

て声がけや注意を喚起するための目印,作動記憶を補うメモなどの段階づけを工夫した。手織

り活動を行う様子は,日頃の施設において見慣れない光景であり,他の利用者だけでなく職員

に対しても評判となった。活動に対して興味を示した施設利用者に対して勧誘し,次第に対象

者が増えていった。

2)普及期(図2)

出来上がった織物作品は,階上ごとに食堂付近やエレベーター横の壁に展示した。他の利用

図1.簡単手織り機の特徴

1.経糸を織機の前後のフックにジグザクにかける

2.経糸を穴フックにはめ込む

3.握りハンドル 4.織り終わりの経糸の後始末

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者や居室に閉じこもりがちな人が,食堂や1階にある浴場への移動の際に展示された作品を眺

める機会となり,次第に各々の階上において4名以上が実施するようになった。展示作品は,

家族や他の利用者,職員などから高い評価を得る題材となりコミュニケーションを促す話題提

供にもなった。

3)拡大期

織りあげたハンカチ布2枚を縫い合わせて,バッグやクッションといった応用作品の製作に

取り組む人が次第に増え始めた。1作品を完成させた後に,手織り活動の継続を希望し2作目

を取り組んだ人は25名(手織り体験対象者の62.5%)であり,趣味活動として継続する人も増

えていった。

4)安定期

手織り活動への参加を拒否していた人が,「バッグを作りたい」という動機から手織り体験

を希望し取り組む姿もみられ,今日では手織り活動が盛況な時期となった。

以上の経過から,手織りが趣味活動として継続する上で重要と考えられる点について,以下

に6点挙げ説明する。

1.使いやすい道具の使用

作業工程が簡易化された簡単手織り機を使用したことは,織りまでの準備を短縮化し,手織

り体験者のみならず作業療法士の介入を容易にしたと考えられた。また,シェニール織りは,

進捗状況に応じて図柄の完成度合いが確認できることから手織りを取り組む人の意欲を継続さ

せることに繋がり,体験者全員が約3時間で作品を完成させることを可能にしたと予想された。

2.価値観の高い作品

川島織物(現,川島織物セルコン)製のシェニール糸を使用したことは,美しく,かつ汎用

性の高い作品が完成し,「やってみたい」や「作ってみたい」という動機づけを促し,仕上が

った際には満足感が得られ,「もう一度,取り組みたい」という継続願望の発現に寄与したと

考えられた。

図2.手織り活動普及期の様子

織物作品の展示 手織り活動場面

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3.広報活動

各階上ごとに手織り活動を実施し,作品展示を行ったことは他の利用者や職員の関心を引き,

活動の普及や拡大に効果的であった。また,外来者や家人からの評価を受ける機会になり,手

織りの話題をきっかけに利用者と外来者や職員間でのコミュニケーション促通にも有効となっ

た。

4.活動の応用

シェニール織り作品であるハンカチから,ハンカチを布として扱い2枚を縫い合わせてバッ

グや小物入れ,美しいデザイン柄のハンカチをパッチワークに施してクッションなどを作成す

る人が増えていった。また,手織り以外に,バッグの持ち手などの手編みや組紐,裁縫を取り

入れ,活動内容を拡大して応用作品制作へと発展性を持たせたことは,趣味活動としての継続

促進と新たな体験者の増加に繋がったと考えられた。

5.マンパワー

導入時期や慣れるまでの援助を多く必要とする対象者に対しては1対1で対応し,かつ定期

的に活動を実施するためには,作業療法士のみならず,施設職員や作業療法士を目指す学生ボ

ランティアなどの介入が必要であった。

6.楽しみが優先

手織り活動導入期においては,手織りの方法を覚え正確に行うという目標設定の下に,作業

療法士が頻繁な介入や指導を行った結果,対象者からは「あんたやって」と,手を止めてしま

う事態が起こった。これは,開始時の動機である手織りを楽しむという気持ちを奪い,やる気

を低下させてしまったことから生まれた発言であった。まずは,手織り活動を楽しみ,満足感

や達成感を得る目標から始めることが継続への一歩に繋がると考えられた。

3.手織り活動の有効性

3.1.対 象

手織り活動の有効性を検討するため,介護老人保健施設の入所者または通所サービス利用者

のうち,本活動の主旨を説明し同意の得られた高齢者70名(男性5名,女性65名),平均年齢

83.6±6.8歳(58~99歳)の協力を得た。これらの高齢者の現疾患は,白内障38名,関節リウマ

チ1名,パーキンソン病4名,脳血管障害による運動麻痺の後遺症を残す人は7名であり,内

訳は右片麻痺3名,左片麻痺4名で,全ての左片麻痺の人は半側無視を伴っていた。

上肢の運動機能では,片麻痺の人は,両手動作は困難であるが非麻痺側の運動機能は保たれ

ていた。他の高齢者は,年齢相応に上肢運動機能は維持されているが,手指機能として巧緻性

の低下を伴う人も認められた。

認知機能では,簡易認知機能検査(Mini-mental-State-Examination;以下MMSE,総計30

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点)21)を実施したところ,対象者全員の平均得点は19.1±6.5(4~30)であった。MMSE判定

基準では,24点未満の場合,認知症の疑いがあると報告されており,本対象者は認知障害を伴

っている人が多く含まれていると考えられた。知的能力のなかでも視覚を介した推理能力を測

定する検査である日本版レーヴン色彩マトリックス検査(Japanese Raven’s colored progressive

matrices;以下RCPM,総計36点)22)の結果では,平均得点は15.3±7.6(0~29)であった。

RCPMの80歳台平均得点は24.9点と報告されており,平均年齢83.6歳である本対象者は明らか

に知的能力の低下を認める人が多く含まれていると予想された。前頭葉機能の中でも視覚性注

意,作動記憶,遂行機能を反映するといわれているTrail Making Test(以下 TMT)のA版

とB版23)を実施した。TMT-Aでは,61名が実施可能であり平均所要時間226.5±263.9秒で,

残りの9名は取り組み困難であった。TMTは,高年齢層ほど結果に乖離がみられることが指

摘されている24)25)。平均所要時間の範囲は非常に大きい結果を示していたことから,注意や遂

行に問題のある人がかなり含まれていると推測された。TMT-Bでは,31名が実施可能であり

平均所要時間415.5±180.1秒で,残りの39名は取り組み困難であった。半数以上の人は明らか

に注意を持続し課題を遂行するといった作動記憶に問題があると予想された。

3.2.方 法

手織り活動実施により高齢者の生活観の変化を把握するため,対象者全員の精神心理機能を

調査した。調査項目には,幸福感を把握するため,「非常に幸せである」から「非常に不機嫌」

までの7段階に指標が分かれているFace scaleを利用した。この指標では,「普通」あるいは

「普通より幸せ」と感じている人が多いと報告されている26)。抑うつ気分はGeriatric Depression

Scaleの短縮版(以下GDS-4)27)28)を用いた。30項目で構成される原版から感度の高い4項目が

抜粋されており,得点(0-4)が高いほど抑うつ傾向が強いと判定される。日常生活での意

欲を把握するため意欲の指標29)を用いた。この指標では得点(0-10)が高いほど意欲が高

いと判定される。また,高齢期において認知機能と日常生活機能に障害がある場合には,抑う

つ気分に伴いApathyが認められやすいといわれていることからApathyの程度を把握する内

容30)も含めた。この指標では得点(0-25)が高いほどApathyの程度は高いと判定される。

手織り活動体験者には,以上の4つの項目;幸福感,抑うつ気分,意欲,Apathyについて活

動実施後に再調査を行った。

対象者全員には,施設内での所定のプログラム(レクリエーション,園芸,音楽,手芸教室

など)への参加を従来と変わらず続けてもらい,これに加えて,簡単手織り機と見本のシェニ

ール織りハンカチを紹介し,手織り活動をやってみたいと希望した人に対して新たな時間を設

定して実施した。

手織り活動の有効性の分析には,手織り活動を体験した体験群と体験していない未体験群に

分け,体験群と未体験群の精神心理機能の各項目の結果を比較した。同様に,体験群の手織り

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活動体験前と体験後の結果についても比較した。また,手織り活動を体験した人の背景を調べ

るため,体験群と未体験群の認知機能についても検討した。なお,性別および幸福感はカイ二

乗(χ2)検定を用い,その他の項目についてはMann-Whitney-U 検定を用いた。解析には,

SPSS 12.0J for Windowsを用い,統計的有意水準はp<0.05とした。

3.3.結 果

手織り体験群は40名(82.7±6.7歳;男性3名,女性37名),未体験群は30名(84.8±6.9歳;

男性2名,女性28名)であり,両群間の平均年齢および性別には有意な差は見られなかった。

3.3.1.精神心理機能の比較からみた特徴31)32)

精神心理機能の結果を表2に示す。幸福感の指標では,手織り体験群が「普通よりやや幸せ」

と「幸せである」を,それぞれ13名選択していた。未体験群は「普通よりやや幸せ」を選択し

た人が9名で最も多く,次に「幸せである」8名であった。2群間には有意な差は見られなか

った。体験群の手織り活動実施後の結果は「非常に幸せである」が21名で最も多く,活動の実

施前後を比較すると有意な差が見られ(p<0.01),体験後に幸福感の増加が認められた。

表2. 精神心理機能の変化

項 目

対象者全体(人) 手織り体験群(人) 未体験群(人)

実施前 実施後

抑うつ気分(点)

意欲(点)

Apathy(点)

1 . 非常に幸せ 9

幸 福 感

2 . 幸せ 2 1

3 . 普通より幸せ 2 2

4 . 普通 1 3

5 . 普通より不機嫌 2

6 . 不機嫌 2

7 . 非常に不機嫌 2

5

1 3

1 3

7

1

1

1

2 1

7

6

5

1

0

0

4

8

9

6

1

1

1

0 . 9 1 . 1 0 . 8 0 . 6

6 . 57 . 17 . 16 . 8

1 6 . 11 4 . 51 4 . 51 5 . 2

** *

**

* * p<0.05, ** p<0.01

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抑うつ気分では,手織り体験群の平均得点は1.1±1.4,未体験群は0.6±0.8であり,2群間に

おいて有意な差が見られ(p<0.05),手織り体験群の抑うつ気分は未体験群よりも強い傾向を

示していた。体験群の手織り活動実施後の平均得点は0.8±1.2であり,活動の実施前後を比較

すると有意な差が見られ(p<0.01),体験後において抑うつ気分の軽減が認められた。

意欲では,手織り体験群の平均得点は7.1±1.8,未体験群は6.5±1.4であり,2群間には有意

な差は見られなかった。体験群の手織り活動実施後の意欲の平均得点は7.1±1.8であり実施前

と比べ変化は認められなかった。

Apathyでは,体験群の平均得点は14.5±3.9,未体験群は16.1±3.8であり,2群間には有意

な差が見られ(p<0.05),手織り体験群のApathyは低い傾向を示していた。体験群の手織り

活動実施後のApathyの平均得点は14.5±3.9であり,実施前と比べ変化は認められなかった。

体験群と未体験群の精神心理機能における各項目間の比較では,活動実施前の状況において

体験群は抑うつ気分が強くApathyの程度が低い傾向にあることが判った。手織り活動実施後,

体験群は幸福感が増加し抑うつ気分の軽減が認められていたことから,手織り活動体験は高齢

者の精神心理面に影響を与える可能性があると考えられた。

3.3.2.認知機能の比較からみた特徴31)

MMSEの平均得点では,手織り体験群の平均得点は19.8±6.8,未体験群は18.1±6.0であり2

群間には有意な差は見られなかった。

RCPMの平均得点では,手織り体験群の平均得点は16.3±7.2,未体験群は14±8.0であり,

2群間には有意な差は見られなかった。

TMT-Aでは,手織り体験群の2人は取り組みに困難さを示したが,2人を除外した残りの

38人は遂行可能であり平均所要時間は248.7±324.3秒であった。未体験群の7名は取り組み困

難であり,除外した残りの23名の平均所要時間は189.9±104.1秒であった。2群間には有意な

差は見られなかった。

TMT-Bでは,手織り体験群の10名が取り組み困難であり,10名を除外した残りの30名は遂

行可能であり平均所要時間は416.5±183.1秒であった。未体験群では1名のみが,遂行可能で

あった。

体験群と未体験群の認知機能における比較では,平均年齢,性別,MMSE や RCPM,

TMT-Aといった認知機能においては2群間に差は見られないが,TMT-Bの取り組みにおい

ては,手織り体験群のうち10名を除く30名は取り組みが可能であり,未体験群は1名のみが可

能であった。このTMT-Bに含まれている認知機能には,2つ以上の事柄に対して注意を持続

し課題を遂行するための作動記憶の要素が含まれている。手織り活動を体験する背景には,認

知機能として注意持続と作動記憶が関係している可能性があると予想された。

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4.事例紹介33)

手織り活動を体験し,幸福感の増加と抑うつ気分の軽減が認められた症例Aさんの経過につ

いて,導入期,中期,定着期に分けて紹介する。

Aさん,82歳,女性

Aさんは,現疾患に椎間板ヘルニア(胸腰椎部)と高度の外反母趾および内反小趾,老年期

うつ病を併発していた。身体機能は,中程度の円背姿勢であり腰および膝痛と外反母趾痛を訴

え,施設内での移動は車いすを使用していた。認知機能はMMSE 28点,RCPM 23点の結果を

示し,年齢相応であり問題はなかった。TMT-Aでは99秒,TMT-Bは170秒の結果を示し,注

意機能は年齢相応であり問題はなかった。入所当時より常に,腰と膝および外反母趾痛を訴え

臥床傾向であり一日の大半を居室に閉じこもり過ごしていた。Aさんは,「~が痛い。」といっ

た訴えが多く,「常に訴えの多い人」という印象が強く,施設職員は疎遠な対応をとりがちで

あった。

1)導入期

Aさんは,若い頃にはフランス刺繍を趣味としており,手芸活動に興味を持っていたが,施

設内でのレクリエーションに参加することはこれまでなかった。手織り機と作品を紹介したと

ころ,「やってみたい」と申し出があり開始となった。1週間に1~2回,1回あたり約1時

間程度,他の利用者や職員が日中過ごしているデイルームで実施した。

2)中期

作品が完成間近になると,「早く完成させたい」「次もやりたい」「今度はいつするの」とA

さんから意欲的な発言が多く聴かれた。作業時間は,次第に延長傾向となり作業遂行中におい

て腰痛を訴える場面がみられたが,手織り活動は継続していた。

3)定着期

手織りは,デイルームにおいて,1週間に1回,1回あたり約1~1.5時間の活動として,

場所と時間を決めて行った。ハンカチ布を2枚仕上げた時点で,作業療法士は2枚を縫い合わ

せてバッグを作成する活動を提案し,紐は組紐で新たに作り手提げバッグを完成させた(図3)。

手作りのバックを持つAさんは,他の利用者や職員から賞賛

された。この時期より,移動手段は車いすから歩行器(車)

利用へと変更となり,昼中はデイルームで過ごす時間が多く

なっていった。

Aさんの手織り活動実施前後の変化では,幸福感は「普通」

の状態から「非常に幸せである」へと変化し,抑うつ気分は

4点から0点と軽減が認められた。また,身体機能において 図3.手織りの応用作品:バッグ

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手織り活動と作業療法(赤松 智子・島 真理子・宇野 明・藤田 佳男)

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は移動能力が車いすから歩行器へ変更となり,居室に閉じこもりがちであった状態から日中は

デイルームで過ごすといった日常生活に変化が見られた。

手織り活動を体験した結果,Aさんは,精神心理面の変化に伴い身体機能において改善が認

められた。通常,介護老人保健施設での作業療法は,対象者の介護予防に重点を置き日常生活

活動の自立に目標を置かれる場合が多いが,本事例のように作業活動から介入した結果,二次

的に日常生活活動の改善がみられたことは作業療法の醍醐味の一つと考えられる。

おわりに

昨今の作業療法臨床場面では,医療制度や介護保険制度などの改革の影響を受け,手織りな

どの作業活動を実施する機会が減少している傾向にある。京都では,西陣織は馴染みが深く,

職業や工芸品として価値の高い織物が存在することから手織りは受け入れられやすい。また,

作業療法の手段としての利用は,心身の健康の維持向上のみならずQOLにもたらす影響も期

待できる。本稿では,生活を豊かにする活動の一つとして,簡単手織り機を利用した手織り活

動を介護老人保健施設において導入してから今日に至るまでの経過を踏まえ,趣味活動として

継続するために必要と考えられる要点とその有効性について作業療法士の視点で述べた。

〔注〕01)前田 亮:図説手織機の研究.京都書院,京都,1992

02)前田 亮:続・図説手織機の研究 日本篇.京都書院,京都,1996

03)遠藤元男:織物の日本史.NHKブックス,東京,1971

04)小林八郎:精神科作業療法.136-140 医学書院,東京,1970

05)松本妙子:作業分析の実際-特に「織物」を中心として-.理・作・療法 7(9):645-650,1973

06)高橋博子,米倉豊子,浜岡 勝:作業療法における織機の活用.理・作・療法 13(8):525-532,

1979

07)日本作業療法士協会・編著:作業・その治療的応用.265-269 協同医書出版社,東京,1985

08)日本作業療法士協会・編著:作業・その治療的応用改訂第2版.34-51 協同医書出版社,東京,

2003

09)和才嘉昭,細川忠義,服部一郎:リハビリテーション技術全書,637-646 医学書院,東京,

1974

10)小川恵子監修,菅原昭一,山口 昇,熊倉由美子訳:老人障害者のためのアクティビティ.84-

88 協同医書出版社,東京,1983

11)日本作業療法士協会・編著:基礎作業学.253-262 協同医書出版社,東京,1990

12)内藤 朗編:手織り.ブティック社,東京,2002

13)小宮しげこ:はじめての手織り.日本ヴォーグ社,東京,2003

14)小林和雄編:かんたん手織りもの.日本ヴォーグ社,東京,2000

15)小苅米アヰ子:あこがれの手織り.雄鶏社,東京,2003

16)城 みさを:私の手織り.ぶどう社,東京,1989

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保健医療技術学部論集 第2号(2008年3月)

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17)小苅米アヰ子:もっと手軽に手織りを楽しむ.雄鶏社,東京,2003

18)小苅米アヰ子:手織り入門.雄鶏社,東京,2005

19)石崎朝子監修:自宅でつくる織りもの.淡交社,京都,2002

20)宇野 明,島 真理子,赤松智子,平井義久,吉田靖史:手織りを趣味活動として導入した介

護老人保健施設での作業療法.第24回近畿作業療法学会論文集:97-99,2004

21)Folstein MF, Folstein SE, McHugh PR:“Mini-mental state”". A practical method for

grading the cognitive state of patients for the clinician. J Psychiatr Res 12(3):189-198,

1975

22)杉下守弘,山崎久美子 日本版著者:日本版レーヴン色彩マトリックス検査.日本文化科学社,

東京,1993

23)Reitan R, Wolfson D. The Halstead-Reitan Neuropsychological test battery:therapy and

clinical interpretation. Neuropsychological Press, Tucson,1985

24)Ivnik RJ, Malec JF,Smith GE,Tangalos, EG, et al:Neuropsychological tests’norms above

age 55:COWAT, BNT, MAE Token, WRAT-R Reading, AMNART, STROOP, TMT, and

JLO. Clin Neuropsychol 10(3):262-278,1996

25)Steinberg, BA, Bieliauskas LA, Smith GE, Ivnik, RJ : Mayo’s Older Americans Normative

Studies:Age- and IQ-Adjusted Norms for the Trail-Making Test, the Stroop Test, and MAE

Controlled Oral Word Association Test. Clin Neuropsychol 19(3-4):329-377,2005

26)マイヤース, DG:どんな人が幸福と感じているか(詫摩紀子訳).日経サイエンス7 : 94-97, 1996

27)Sheikh J, Yesavage J : Geriatric depression scale ( GDS ):recent findings and development

of a shorter versionIn. In Clinical Gerontology:A guide to assessment and intervention

( T.L.Brink, Ed ). Howarth Press, New York, 1986

28)鈴木映二,藤澤大介,大野 裕監訳:高齢者うつ病診療のガイドライン.南江堂,東京,2003

29)鳥羽研二監修:高齢者総合的機能評価ガイドライン.103-106 厚生科学研究所,東京,2003

30)Burns A, Folstein SE, Brandt J, Folstein MF:Clinical assessment of irritability, aggression,

and apathy in Huntington and Alzheimer disease. J Nerv Ment Dis. 178(1):20-26,1990

31)赤松智子,島 真理子,宇野 明,藤田佳男,加藤真由美:高齢者に対する手織り活動の有効

性.第40回日本作業療法学会(京都),2006

32)赤松智子,島真理子,宇野 明,平井義久,吉田靖史:ユニバーサルデザインを考慮した織機

のリハビリテーションへの適用.第19回リハ工学カンファレンス講演論文集:299-300,2004

33)島真理子,宇野 明,赤松智子:手織り活動導入により抑うつ状態が改善した一症例.第39回

日本作業療法学会誌 24(suppl):301,2005

(あかまつ ともこ 作業療法学科)

(しま まりこ,うの あきら,ふじた よしお 介護老人保健施設 醍醐の里)

2007年11月29日受理

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