Ab initio FMO 法の SBDD への応用 -...

4
K17 Ab initio FMO 法の SBDD への応用 (東京大学・生産技術研究所)○甘利真司、(立教大学・理学部)望月祐志、 (徳島大学・大学院ヘルスバイオサイエンス研究部)中馬寛 、(国立医薬品 食品衛生研究所)中野達也 1. はじめに . タンパク質に対して特定の機能をもつリード 化合物の探索には、ドッキングプログラムを用い て標的となるタンパク質に結合する化合物を探 索するバーチャルリガンドスクリーニング(VLSといった手法が一般的に行われている。しかし、 従来よく用いられていた古典的力場に基づく相 互作用計算は計算が高速な半面、精度は高いもの ではなかった。その対策として高度な分子動力学 的方法や量子化学的手法が望まれていたが、計算 量・時間的制約から実現が困難であった。そこで これを実現する方法として ab initio 分子軌道 (FMO)法が 1999 年に北浦らにより提唱された 1-4 この方法はタンパク質のような巨大分子系をア ミノ酸残基のような構成単位のフラグメントに 分割し、フラグメントのモノマー、ダイマー計算 から分子全体の電子状態を高精度に計算する近 似計算手法である。そしてこの ab initio FMO 法を VLS に応用する手段として VISCANA を開発した 5 VISCANA ab initio FMO 法を用いてタンパク 質-リガンド間相互作用(フラグメント間相互作 用エネルギー(IFIE))をリガンド毎に計算し、そ れらの結果をクラスタリングすることで、結合様 式に基づいたリード化合物の選択が可能とする。 これまで VISCANA FMO-HF レベルの計算から 得られた IFIE を用いて行なっていたが、今回 . [email protected] 本要旨はポスター発表 KP18 要旨と同一の内容です。 FMO-MP2 6,7 による電子相関を取り入れた IFIE を用いた VISCANA をアンドロゲン受容体(ARに適用し、電子相関を考慮することではじめて導 入される分散力に基づいた van der Waals 相互作 用や疎水性相互作用の影響について検討した。 PDB で公開されているタンパク質 3 次元立体構 造は、量子化学計算におけるエネルギー極小構造 とはなっていない。また X 線結晶構造解析から得 られた構造は解像度の値が大きい場合は安定構 造からずれている可能性が高い。またホモロジー モデリングを行った場合もテンプレートの相同 性等によって得られたモデリング構造の安定性 も異なると考えられる。そこでタンパク質立体構 造の安定性をフラグメント間相互作用から評価 する方法としてフラグメント毎に非結合フラグ メントとの相互作用エネルギーの総和を見るこ とで安定性を評価する可能性について検討した。 2. MP2 法による電子相関を考慮した VISCANA アンドロゲン受容体(AR)構造を PDB からダ ウンロード(1T7T)した。AR 構造に対し水素原 子を付加し、その水素原子のみを AMBER99 力場 で最適化した。リガンド構造は KiBank 8,9 (http://kibank.iis.u-tokyo.ac.jp)AR との結合親 和性が既知のものを選択して取得した。AR とリ ガンドとの複合体構造は GOLDCCDC 社)を用 いて作成した。 Ab initio FMO 計算の計算領域は図 2に示したように全体構造 250 残基のうちのリガ ンド周辺 100 残基に限定した。

Transcript of Ab initio FMO 法の SBDD への応用 -...

Page 1: Ab initio FMO 法の SBDD への応用 - Pharmbukai.pharm.or.jp/bukai_kozo/past/34th/abstract/K17.pdfK17 Ab initio FMO 法のSBDD への応用 (東京大学・生産技術研究所)

K17 Ab initio FMO 法の SBDD への応用

(東京大学・生産技術研究所)○甘利真司、(立教大学・理学部)望月祐志、

(徳島大学・大学院ヘルスバイオサイエンス研究部)中馬寛 、(国立医薬品

食品衛生研究所)中野達也

1. はじめに

.タンパク質に対して特定の機能をもつリード

化合物の探索には、ドッキングプログラムを用い

て標的となるタンパク質に結合する化合物を探

索するバーチャルリガンドスクリーニング(VLS)

といった手法が一般的に行われている。しかし、

従来よく用いられていた古典的力場に基づく相

互作用計算は計算が高速な半面、精度は高いもの

ではなかった。その対策として高度な分子動力学

的方法や量子化学的手法が望まれていたが、計算

量・時間的制約から実現が困難であった。そこで

これを実現する方法として ab initio 分子軌道

(FMO)法が 1999 年に北浦らにより提唱された 1-4。

この方法はタンパク質のような巨大分子系をア

ミノ酸残基のような構成単位のフラグメントに

分割し、フラグメントのモノマー、ダイマー計算

から分子全体の電子状態を高精度に計算する近

似計算手法である。そしてこの ab initio FMO 法を

VLS に応用する手段として VISCANA を開発した5。VISCANA は ab initio FMO 法を用いてタンパク

質-リガンド間相互作用(フラグメント間相互作

用エネルギー(IFIE))をリガンド毎に計算し、そ

れらの結果をクラスタリングすることで、結合様

式に基づいたリード化合物の選択が可能とする。

これまでVISCANAは FMO-HFレベルの計算から

得られた IFIE を用いて行なっていたが、今回

. [email protected] 本要旨はポスター発表KP18要旨と同一の内容です。

FMO-MP2 法 6,7 による電子相関を取り入れた IFIE

を用いた VISCANA をアンドロゲン受容体(AR)

に適用し、電子相関を考慮することではじめて導

入される分散力に基づいた van der Waals 相互作

用や疎水性相互作用の影響について検討した。

PDBで公開されているタンパク質 3次元立体構

造は、量子化学計算におけるエネルギー極小構造

とはなっていない。また X 線結晶構造解析から得

られた構造は解像度の値が大きい場合は安定構

造からずれている可能性が高い。またホモロジー

モデリングを行った場合もテンプレートの相同

性等によって得られたモデリング構造の安定性

も異なると考えられる。そこでタンパク質立体構

造の安定性をフラグメント間相互作用から評価

する方法としてフラグメント毎に非結合フラグ

メントとの相互作用エネルギーの総和を見るこ

とで安定性を評価する可能性について検討した。

2. MP2 法による電子相関を考慮した VISCANA

アンドロゲン受容体(AR)構造を PDB からダ

ウンロード(1T7T)した。AR 構造に対し水素原

子を付加し、その水素原子のみを AMBER99 力場

で最適化した。リガンド構造は KiBank8,9

(http://kibank.iis.u-tokyo.ac.jp)でARとの結合親

和性が既知のものを選択して取得した。AR とリ

ガンドとの複合体構造は GOLD(CCDC 社)を用

いて作成した。Ab initio FMO 計算の計算領域は図

2に示したように全体構造 250 残基のうちのリガ

ンド周辺 100 残基に限定した。

Page 2: Ab initio FMO 法の SBDD への応用 - Pharmbukai.pharm.or.jp/bukai_kozo/past/34th/abstract/K17.pdfK17 Ab initio FMO 法のSBDD への応用 (東京大学・生産技術研究所)

FMO 計算は ABINIT-MP を用いて行った。計算時

間はリガンドの大きさにもよるが5α-DHT と AR

との複合体の場合Xeon 32CPUを用いて約26時間

を要した。分散力に基づいた van der Waals 相互作

用や疎水性相互作用を記述するため MP2 法によ

る計算を行った。たとえば図3に示したように5

α-DHT と AR との相互作用を見た場合リガンド周

辺において反発性を示していた疎水性アミノ酸

残基が結合性を示すような変化が見られた。

KiBank から得た化合物と AR との複合体の FMO

計算を行い VISCANA による相互作用クラスター

解析を行った結果を図4に示した。この結果、5

α-DHT やテストステロンなど AR と同様の作用す

るリガンドは同じクラスターに入り、エストラジ

オールやプレドニゾロンは比較的強い結合エネ

ルギーを示したが異なるクラスターに分類され

た。

図1.AR 計算領域(赤色部分)

Met745

Phe764

Leu873

Trp741

Leu704

図2.MP2 法による分散力の取り込み(左が

MP2/6-31G、右が HF/6-31G.青が反発性、赤は結合性

を示す)

図3. VISCANA による AR とそのリガンドの相互作用クラスター解析。青が反発性、赤は結合性を示す

Page 3: Ab initio FMO 法の SBDD への応用 - Pharmbukai.pharm.or.jp/bukai_kozo/past/34th/abstract/K17.pdfK17 Ab initio FMO 法のSBDD への応用 (東京大学・生産技術研究所)

3. 構造安定性評価

FMO 計算によって得られる非共有結合フラグ

メントの相互作用エネルギーの総和から構造安

定性の評価を試みた。

フラグメント毎の

非結合

フラグメントとの

IFIEの総

Frg.5 Leu

Frg.10 LeuFrg.15 Ile

Frg.52 Gly

フラグメント番号

フラグメント番号

図4.構造安定性評価(青が反発性、赤は結合性を示す)

① HIV-1 プロテアーゼの構造安定性評価

HIV-1 プロテアーゼに対して HF/6-31G レベルで

FMO 計算を行い非結合フラグメント結合エネル

ギーの総和を図示したものを図5A に示した。赤

が結合性を示し、青が反発性を示す。反発性のフ

ラグメントは外側に向いている残基が多い。また、

極性残基の場合強い反発性、結合性を示すものが

多く見られた。比較対照として残基毎の温度因子

を図5B に示したが FMO 計算による結果と似た

傾向が見られた。

A

B

図5. HIV-1 プロテアーゼ構造評価(A は非結合

フラグメント結合エネルギー総和で赤が結合性を示

し、青が反発性を示す。B は温度因子を残基毎に平

均化したもので青が温度因子数値が高く、赤は低い)

② ホモロジーモデルの構造安定性評価

ヒストン脱アセチル化酵素 HDAC8 (1T69)

の構造を用いて HDAC1とHDAC6のホモロジー

モデリングを行い構造安定性を調べた。

HDAC1 のアミノ酸配列はテンプレート HDAC8

に対し相同性 147/341(43%)で E 値 1e-88 であり妥

当なホモロジーモデルを作れる相同性を有して

いる。一方、HDAC6のアミノ酸配列はテンプレ

ート HDAC8 に対し相同性 81/289(28%)で E 値

1e-22 であり妥当なホモロジーモデルを作成する

ことは難しい。ホモロジーモデルに対し HF/6-31G

レベルで FMO 計算を行い非共有結合フラグメン

トの相互作用エネルギーの総和を図示したもの

を図6に示した。-0.03 hartree を基準にそれより値

の大きいものを青色、小さいものを赤色とした。

その結果 HDAC1,6 ともに外側に反発性を示すフ

ラグメントは見られたが、HDAC6 は内部にも反

発性のフラグメントが目立ち構造的に安定では

ないと推察される。

Page 4: Ab initio FMO 法の SBDD への応用 - Pharmbukai.pharm.or.jp/bukai_kozo/past/34th/abstract/K17.pdfK17 Ab initio FMO 法のSBDD への応用 (東京大学・生産技術研究所)

A B

図6.ホモロジーモデル(A が HDAC1 のホモロジ

ーモデル。B が HDAC6 ホモロジーモデル。-0.03

hartree より大きい場合青色とし小さい場合を赤色と

した)

【まとめ】

○ MP2 法による FMO 計算にもとづく IFIE 値を

導入することで、分散力に基づいた van der

Waals 相互作用や疎水性相互作用を考慮した

相互作用クラスター解析(VISCANA)が可

能となることを示した。

○ FMO 計算によって算出される非結合フラグ

メント結合エネルギー総和を構造安定性の

目安となりうることを実証した。

【謝辞】

本研究は、文部科学省次世代 IT 基盤構築のため

の研究開発「革新的シ ミュレーションソフトウ

ェアの研究開発」プロジェクト及び JST CREST

「フラグメント分子軌道法による生体分子計算

システムの開発」プロジェクトの支援を受けてい

ます。また、HDAC のホモロジーモデリングに関

しては、名古屋市立大学薬化学研究室宮田直樹教

授から御助言を頂きました。

【参考文献】 [1] Kitaura, K.; Sawai, T.; Asada, T.; Nakano, T.; and

Uebayasi, M. Pair interaction molecular orbital method: an approximate computational method for molecular interactions. Chem. Phys. Lett. 1999, 312, 319-324.

[2] Kitaura, K.; Ikeo, E.; Asada, T.; Nakano, T.; and Uebayasi, M. Fragment molecular orbital

method: an approximate computational method for large molecules. Chem. Phys. Lett. 1999, 313, 701-706.

[3] Nakano, T.; Kaminuma, T.; Sato, T.; Fukuzawa, K.; Akiyama, Y.; Uebayashi, M.; and Kitaura, K. Fragment molecular orbital method: use of approximate electrostatic potential. Chem. Phys. Lett. 2002, 351, 475-480.

[4] Nakano, T.; Kaminuma, T.; Sato, T.; Akiyama, Y.; Uebayasi, M.; and Kitaura, K. Fragment molecular orbital method: application to polypeptides. Chem. Phys. Lett. 2000, 318, 614-618.

[5] Amari, S.; Aizawa, M.; Zhang, J.; Fukuzawa, K.; Mochizuki, Y.; Iwasawa, Y.; Nakata, K.; Chuman, H.; and Nakano, T. VISCANA: Visualized Cluster Analysis of Protein-Ligand Interaction Based on the ab Initio Fragment Molecular Orbital Method for Virtual Ligand Screening. J. Chem. Inf. Model. 2006, 46, 221-230

[6] Mochizuki, Y.; Nakano, T.; Koikegami, S.; Tanimori, S.; Abe, Y.; Nagashima, U.; and Kitaura, K. A parallelized integral-direct second-order Moeller-Plesset perturbation theory method with a fragment molecular orbital scheme. Theor. Chem. Acc., 2004, 122, 442-452

[7] Mochizuki, Y.; Koikegami, S.; Nakano, T.; Amari, S.; and Kitaura, K. Large scale MP2 calculations with fragment molecular orbital scheme. Chem. Phys. Lett. 2004, 396, 473-479.

[8] Aizawa, M.; Onodera, K.; Zhang, J.; Amari, S.; Iwasawa, Y.; Nakata, K.; and Nakano, T. KiBank: a database for computer-aided drug design based on protein-chemical interaction analysis. Yakugaku Zasshi 2004, 124, 613-619.

[9] Zhang, J.; Aizawa, M.; Amari, S.; Iwasawa, Y.; Nakano, T.; and Nakata, K. Development of KiBank, a database supporting structure-based drug design. Comput. Biol. Chem. 2004, 28, 401-407.