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Research Memorandum FTRI-RM No.22 大城 直人, Ph.D. 構造モデルによる 通貨危機と債務デフォルトとの関係性モデリング 株式会社 金融工学研究所 1030027 東京都中央区日本橋 1-4-1 日本橋一丁目ビル 19F http://www.ftri.co.jp/ TEL: 03-3276-3440 FAX: 03-3276-3439 ABSTRACT May 2015 内容に対するご意見・ご質問やお問い合わせは、執筆者までお寄せ下さい。 本稿では、通貨危機をソブリンの資産価値のジャンプと捉えることで通貨危機と債務のデフォル トとの関係を明示的に取り込んだ新たなモデルを提案した。本モデルの特徴を調査した結果、大 規模な通貨危機ほどその発生確率は低く、逆に小規模な通貨危機ほど頻繁に発生することを示し ており、現実で観察される現象と整合的であることが分かった。また、デフォルト確率は通貨危 機の規模やその発生確率との間に複雑な関係を示すことが分かった。大規模な通貨危機が発生す るほどデフォルト確率が上昇するという基本的な傾向が見られるもの、信用力の水準によっては 複雑な非線形の関係を示す場合が確認された。本モデルを、1997 年にアジア通貨危機を経験した タイランド、および債務のデフォルトを 2001 年と 2014 年に経験したアルゼンチンに適用して実 証分析を行った結果、タイの通貨危機発生直前の通貨危機の確率や、アルゼンチンのデフォルト 直前のデフォルト確率は高い水準を示しており、本モデルが早期警戒情報としての有効に利用出 来る可能性を示した。

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Research Memorandum

FTRI-RM No.22

大城 直人, Ph.D.

構造モデルによる 通貨危機と債務デフォルトとの関係性モデリング

株式会社 金融工学研究所 〒103-0027 東京都中央区日本橋 1-4-1 日本橋一丁目ビル 19F

http://www.ftri.co.jp/ TEL: 03-3276-3440 FAX: 03-3276-3439

ABSTRACT

May 2015

内容に対するご意見・ご質問やお問い合わせは、執筆者までお寄せ下さい。

本稿では、通貨危機をソブリンの資産価値のジャンプと捉えることで通貨危機と債務のデフォル

トとの関係を明示的に取り込んだ新たなモデルを提案した。本モデルの特徴を調査した結果、大

規模な通貨危機ほどその発生確率は低く、逆に小規模な通貨危機ほど頻繁に発生することを示し

ており、現実で観察される現象と整合的であることが分かった。また、デフォルト確率は通貨危

機の規模やその発生確率との間に複雑な関係を示すことが分かった。大規模な通貨危機が発生す

るほどデフォルト確率が上昇するという基本的な傾向が見られるもの、信用力の水準によっては

複雑な非線形の関係を示す場合が確認された。本モデルを、1997 年にアジア通貨危機を経験した

タイランド、および債務のデフォルトを 2001 年と 2014 年に経験したアルゼンチンに適用して実

証分析を行った結果、タイの通貨危機発生直前の通貨危機の確率や、アルゼンチンのデフォルト

直前のデフォルト確率は高い水準を示しており、本モデルが早期警戒情報としての有効に利用出

来る可能性を示した。

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1 Introduction and Motivations

当社ではソブリンリスク評価手法の高度化に関する研究を進めてきており、これまでに、堀

田(2012、2014)などを通してその成果の一部について公表を行っている。また、2013 年 8

月には、当社が独自に開発した信用リスク評価ツール DEFENSE で全世界約 200 カ国弱の政

府の信用力(ソブリンリスク)の評価結果の提供も開始しており対外投融資におけるベース

ライン評価のメルクマールとしてご好評いただいているところだ。

ソブリンリスク評価モデルというと、対外債務や GDP、経常収支など国全体や政府に関する

各種の統計数値から比率を作成してロジットモデルなどで評価を行うことが一般的だ。例え

ば、対外債務・GDP 比率などは各種の先行研究でもよく利用される指標の一つである。とこ

ろが、堀田(2012)でも指摘しているとおり、これらの指標はフロー指標が中心であり、ストッ

ク関連の指標は対外債務などごく一部に限られている。企業の信用力評価をおこなう上では

ストック関連指標が極めて有効であることは周知の事実であることから、当社ではソブリン

リスク評価にもバランスシートの概念を導入してストック関連指標を構築する手法を開発し、

その有効性を検証してきた。この結果、当社独自技術として、極めて有効なソブリンリスク

評価手法を構築することができた。1

一方でソブリンリスク評価において通貨危機の発生と債務のデフォルト(以下、デフォルト)

との関係を理解することは極めて重要である。過去に多くの研究者が通貨危機とデフォルト

との関係について調査をおこない、その両者が密接に関連していることを示してきた。例え

ば、Kaufman (2000)は通貨危機とデフォルトとの関係について、“為替の急落によって特徴付

けられる通貨危機が発生することで、外貨建てでの負担額の増加と、そのような債務のデフ

ォルト確率が上昇するという両面で増加が発生する”と述べている。Ciarlone and Trebeschi

(2006)は“通貨危機とデフォルトは同じファクターによって発生すると思われる、すなわち、

マクロ経済の発展の停滞と対外ファイナンス条件の悪化である”と述べている。

実証的には、Reinhart (2002)が通貨危機とデフォルトの事例を調査した結果、デフォルト発生

の後 24 ヶ月以内に通貨危機が発生する確率は 84%であり、通貨危機発生後 24 ヶ月以内にデ

フォルトが発生する確率は 58%であることを示した。Dreher et al. (2006)は通貨危機とデフォ

ルトの因果関係を統計的に調査し、通貨危機の発生がデフォルトリスクを増加させること(ま

1 Oshiro and Saruwatari (2005)では別のソブリン BS モデルによるソブリンリスク推計手法の

有効性について論じている。 1

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たその逆も)について議論している。

一方で、通貨危機とデフォルトとの関係を明示的に取り扱った理論モデルはあまり存在しな

い。Maltritz (2008)は構造モデルの考え方をベースに、将来に支払い債務があることで通貨危

機の閾値が上昇する、即ち債務の増加が通貨危機の発生確率を上昇させるというモデルを提

案しているが、あくまで理論的なモデルの提示であり、どのように通貨危機やデフォルトの

発生確率を計算するかなどの具体的な解法についての説明はない。

本稿では、通貨危機とデフォルトとの因果関係が推察されながらそれらの関係をモデル化し

た先行研究が少ないことに鑑みて、当社がこれまで培ってきたソブリンのバランスシートの

考え方を利用することで両者の関係を明示的に取り扱うモデルを提案する。具体的には、通

貨危機をソブリンのバランスシート上の資産価値のジャンプとして捉えることで、ジャンプ

拡散モデルを適用して通貨危機とデフォルトの発生確率の関係をモデル化する手法を提案す

る。また、通貨危機の頻度やその程度とデフォルト発生との関係を一つのモデルに統合した

ことで相互の関係について議論することが可能となった。このモデルによる出力結果が通貨

危機やソブリン債務のデフォルトの早期発見情報として有効であることを示す。

2 通貨危機とデフォルトのリンクモデル

2.1 通貨危機とジャンプ拡散モデル

あるソブリン(政府)には時点 BT で満期となる唯一の債務 BD を有していると仮定する。こ

のとき債務の満期時点で債務の返済が行えない場合にはデフォルトとなる。さらに、時点 tと

BT の間で自国通貨に対する投機的な攻撃を受けることで複数回の通貨危機が発生する可能

性があると仮定する 2。一旦通貨危機に直面すると、為替レートは減価しソブリンの資産価値

にも影響を受ける。図1に、時刻 AT で通貨危機が発生した時の資産価値の推移のイメージ図

を示した。ここでは、マートンのジャンプ拡散モデル 3(MJD モデル)によってこのモデル

を記述することとする。時刻 tでのソブリンの外貨建て資産価値を tV とすると以下のジャン

プ項を有する幾何ブラウン運動で表現される:

tVVVtt dqdZdtkVdV )1()(/ −++−= ψσλµ 、 (1)

ここで、 Vµ はドリフト項、 Vσ はジャンプがない場合のボラティリティー、 VdZ は標準ウイ

2 本稿では規模によらず為替の下落を通貨危機として取り扱うので、いわゆるアジア通貨危機のような大規模な為

替下落を伴う場合だけではなく、小規模な下落も通貨危機の一部となる。 3 Merton (1976).

2

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ナー仮定の増分、 tq は強度λの独立ポアソン過程、ψ はジャンプサイズの絶対値、 k はジャ

ンプサイズの期待値であり、 )1( −≡ ψEk である 4。

通貨危機の発生は少なくとも時点 tと BT の間で少なくとも1回のジャンプが発生することと

解釈されるので、通貨危機の確率、 CCTt B

PC )( は以下の通り記述できる:

{ } { } )exp(10Pr11Pr)( BCC

Tt XXPCB

λt−−==−=≥= 、 (2)

なぜならば、時点 tと BT の間のジャンプの回数が j 回である確率は、ジャンプの強度 λを用

いることで以下の通り記述できるからだ:

{ } )exp(!)(Pr B

jB

jjX λt

λt−== 、

ここで、 X はジャンプの回数を示す確率変数である。

図表 1 資産価値V の推移を示すスケッチ。時点 BT で額面

BD の唯一の債務が存在する。この図は時点 AT で通貨危機が発生したことを示している。

Merton (1976)は、行使価格 BD 、期間 Bt (= tTB − )であるヨーロピアンコールオプションに対

して式(1)の厳密解を導いた。式(3)に示したとおり、ブラックショールズ項の無限和の形で表

されている。

[ ]∑∞

=

−−

=0

),,(!

)(),,(j

BBk

jtBSWj

jB

BB

t DeWVCEj

eDVC BB

tλt

t tλλt

、 (3)

4 1−ψ は相対ジャンプサイズと呼ばれることがある。

BTt

BD

tV

AT

通貨危機の発生

3

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ここで、 )()(),,( 21 dNeDdNVDVC BrBtB

BtBS

tt −−= 、BV

BVB

t rDVd

tσ )2/()/ln( 2

1

++= ,

BVdd tσ−= 12 、また、 )(⋅N は累積正規分布関数である。

ランダム変数 jW は j 個の乱数の積であり 10 ≡W となる。 WjE は jW に対する期待値を表す。

マートンモデルの枠組みでは、ソブリンの資本額 tE は負債の額面 BD を行使価格とする資産

価値上のコールオプションとして解釈できるので以下の通りとなる。

),,( BB

tt DVCE t= (4)

2.2 コンスタントジャンプ拡散モデル

さて、式(4)を計算するにあたり、MJD モデルの場合には未知の変数としてλとψ が通常の(ジ

ャンプがない場合の)マートンモデルと比べて増加している点が計算をより困難にする。そ

こで計算を容易にするためにジャンプ拡散モデルの特殊な場合のモデルを導入する。具体的

には、ジャンプ幅ψ は確率的な変数ではなく定数とする。このときのモデルをコンスタント

ジャンプ拡散モデル(CJD モデル)と呼ぶこととする。CJD モデルはいくつかの先行研究で

も利用されている、例えば、Bates (1991), Malz (1996) and Honore (1998)などを参照。CJD モデ

ルのもとでは、式(3)と式(4)は以下の通り変形される:

( )[ ]∑∞

=

−−−

−+==0

43 )()1(!

)(),,(j

rBjkt

jB

BB

tt dNeDdNkeVj

eDVCE BBB

ttλλt λt

t . (5)

また、CJD モデルでは、負債の満期時点 BT で負債の額面 BD が資産価値V を下回る確率は以

下の式で与えられる:

++−−+−=

<=

∑∞

=

BV

BVB

t

j

jB

tB

TDD

Tt

kjkrDVN

je

VDVPD

B

BB

tλσλtλt )1ln()2/1()/ln(!

)(1

)|Pr(2

0

)(

(6)

2.3 通貨危機の確率と為替のフォワードレート

まず最初に、為替レートの再調整モデル(exchange rate realignment model)を紹介し本稿の目的

の為に拡張する。為替レートの再調整モデルは Collins (1992)によって欧州通貨制度(European

Monetary System)の為替レートの再調整確率を計算するモデルとして議論されている。

Hashimoto (2003)もまた同フレームワークをマレーシアとシンガポールの通貨危機の可能性

4

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についての議論に応用している。次の関係式(7)が成り立つと仮定する:

)exp()exp( ,*Bt

t

eTt

Bt iS

Si B tt = 、 (7)

ここで、 tS は時点 tでのスポットレート、 eTt B

S , は時点 tで BT ( tTB > )で投資家が期待するス

ポットレート、 ti は無リスク金利 5、 *ti は国内通貨の金利、t はリスクホライズンを表し

tTBB −≡t である。

リスクホライズン Bt で通貨危機が 1 度以上発生するときの投資家が BT 時点で期待する為替

レートの時点 tでの値を SATt B

S , とし、通貨危機が発生しないとした時のリスクホライズンでの為

替レートを NATt B

S , とする。リスクホライズン Bt の間に通貨危機が発生する確率を CCTt B

PC )( とする

と、式(7)は次の様に書き換えることができる:

−+

= )exp()1()exp()exp( ,

)(,

)(*

Btt

NATtCC

TtBtt

SATtCC

TtBt iS

SPCi

SS

PCi B

B

B

Bttt 、 (8)

ここで右辺の第一項は通貨危機が発生した時の期待フロー、第二項が通貨危機が発生しない

ときの期待フローを表している。式(8)を国内金利 *ti に対して解くことで以下の式を得る:

)exp()exp( ,)(

,,*Bt

t

NATtCC

Ttt

NATt

t

SATt

Bt iS

SPC

SS

SS

i B

B

BB tt

+

−= . (9)

したがって、 tBt

NATtCC

Ttt

NATt

t

SATt

t iS

SPC

SS

SS

i B

B

BB +

+

−= t/ln ,

)(,,* 、

となる。この国内金利 *ti は国内資産でも海外資産でのその保有による期待に違いがないこと

をもたらすすための金利となる。完全市場では、将来の金利に対する投資家の期待値への外

生的なシフトがこの平衡条件をとおして国内金利の変化をもたらすことになる 6。

一方、カバー付き金利平価条件(CIP: Covered Interest rate Parity condition)から次の関係式が

一般的に成立する 7:

5 ここでは、US ドル金利をリスクフリーとして取り扱う。 6 ここでの議論は Siegel (1972)に依存している。 7 この関係は、リスクホライズン Bt でデフォルトが生じない場合に成立する。ここでは債務の支払いは BT 時点

のみで発生すると仮定しているので、たとえリスクホライズンの間に通貨危機が発生したとしてもこの間にはデ

フォルトは発生しない。即ち、たとえ時点 BT で通貨へのアタックがあったとしてもフォワード契約はフェイルな

しに精算されることができることを暗示的に仮定している。

5

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)exp()exp( ,*Bt

t

TtBt i

SF

i B tt = , (10)

ここで、BTtF , は時点 tから見た BT 時点でのフォワードの為替レートである。式(9)と式(10)を

比較することで、次の式(11)を得る 8:

t

Tt

t

NATtCC

Ttt

NATt

t

SATt

SF

SS

PCS

SS

SBB

B

BB ,,)(

,, =+

− . (11)

この式は投資家によるフォワードレート、将来の期待為替レートと通貨危機の発生確率の間

の投資家の期待する関係式を表している。また、通貨危機が発生しないときの期待為替レー

トは時点 tでの為替レート tS と同じであると仮定する、即ち、 tNATt SS

B=, である 9。したがっ

て、式(11)は次の様になる:

t

TtCCTt S

FPC B

B

,)( 1 =+χ 、

ここで、為替の減価率 χ は次の通りとなる。t

tSATt

SSS

B−

≡ ,χ 。

したがって、次の関係式(12)が得られる

)(,

)( B

B

B Ttt

tTtCCTt f

SSF

PC ≡−

=× χ 、 (12)

)( BTtf はリスクホライズン Bt でのフォワードプレミアムと呼ばれる。

一方、外貨で計測したソブリンの資産価値は、リスクホライズンで通貨危機が発生した場合

には通貨の原価の結果として、 SATt

NATt BB

SS ,, / となる。この比率は資産価値の期待減価率を示して

おり、CJD モデルにおけるジャンプサイズψ と同じであると仮定する 10。よって次の関係式

が得られる:

SATt

tSATt

NATt

BB

B

SS

SS

,,

, ==ψ . (13)

ゆえに、為替の減価率 χ と資産価値の減価率ψ の間には次の関係が成り立つ:

8 同様の議論がいくつかの先行研究で見受けられる。例えば、Siegel (1972), Collins (1992), Hashimoto (2003)。 9 この仮定は特に多くの途上国で採用されている固定為替レートは管理為替レートの元で成立する。 10 リスクホライズンの間に複数回のジャンプがあることを想定しているので、ジャンプサイズψ はリスクホライ

ズンの間での潜在的な複数回のジャンプの結果として達成される。

6

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11,

,, −=−

χ NATt

NATt

SATt

B

BB

SSS

. (14)

2.4 モデルの解法

この章でのこれまでの議論に基づいて、これらの方程式系を解くことが可能となる。まず、

何らかの形で資産価値の減価率ψ (もしくは為替の下落率 χ )を決定する。為替のフォワー

ドプレミアム )( BTtf は外生的に与えられるので、式(12)と式(14)から通貨危機の発生確率

CCTt B

PC )( を得ることができる。また、式(2)からジャンプの強度パラメータλを計算することが

できる。そのうえで、オプションアプローチを適用してソブリンの資本価値 tE を外生的に与

えて式(5)を解くことで資産価値 tV と資産のボラティリティー Vσ を求めることができる。オ

プションアプローチの解法は各種の参考文献に記載があるので参照願いたい。例えば、Hull

(2005)11。最終的にデフォルト確率 DDTt B

PD )( を式(6)から得ることができる。

3 結果と議論

3.1 基本分析

まず最初に、本稿で採用した CJD モデルならびに為替レートの再調整モデルによって、パラ

メータが変化が通貨危機の発生確率やデフォルト確率に与える影響について調査する。図表

2 は資産の減価率ψ を変化させたときの通貨危機の確率とデフォルト確率の推移を示したグ

ラフである。本計算は、負債の額面 BD =2000、資本額 E =2000、無リスク金利 r =0.05、資産

のボラティリティー Vσ =0.2、リスクホライズン 1=t 、為替のフォワードプレミアム f =0.1

の場合に関する結果である。通貨危機の確率は資産の減価率が1に近いほど、即ち小規模な

通貨危機ほど通貨危機の発生確率は高くなることを示している。これは感覚的な理解と整合

的である。具体的に過去の為替レートの推移を調査した結果を図表 4 に示した。これは 1990

年から 20 年間の対米ドル為替レートの日々の変化率を調査した結果であり、例えば、タイの

場合は一日で 10%以上為替レートが下落した回数は 20年間で 4回だったことを示している。

小さい下落幅ならばより発生しやすく、大きな下落幅の通貨危機ほど発生しにくいという結

果であり図表 3 の結果とも整合的である。

一方で、図表 2 のデフォルト確率の推移をみると、資産価値の減価率ψ が減少するほどデフ

ォルト確率が上昇する様子が見られる。即ち、大きな資産価値の下落(=為替レートの大幅

11 Land (1994)の 2.11 節ではオプションモデルの別の解法として本稿で採用した手法について議論している。

7

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な減価)が生じるとデフォルト確率が高まるという結果であり、こちらも感覚的な理解と整

合的な結果である。

図表 2 通貨危機の確率とデフォルト確率との関係(ケース1)

一方図表 3 は、図表 2 の条件とほぼ同じだが負債の額面を BD を 2000 から 7000 に変更した

場合の結果を示している。負債が増加したことでデフォルト確率が全体的に大きく上昇して

いることに加えて、資産価値の減価率ψ に対してデフォルト確率が非線形に推移しているこ

とに大きな特徴が見られる。経済的な(数学的ではない)視点で考えてみると、大きな為替

の下落は発生する可能性は低いものの、一旦そのような大きな下落が生じると経済への深刻

なインパクトが生じて外貨の流出を招く結果デフォルトが生じる可能性が高まると考えられ

る。一方で、小規模な為替の下落は頻繁に生じるものの、経済に与える影響は小さいことか

らデフォルト確率への影響も限定的となる。この為替の下落の深刻度(下落幅)とその発生

頻度のトレードオフにより図表 3 で示したような非線形の結果が生じていると考えられる。

図表 3 通貨危機の確率とデフォルト確率との関係(ケース2)

0%

1%

2%

3%

4%

5%

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

0.50

0.52

0.54

0.56

0.58

0.60

0.62

0.64

0.66

0.68

0.70

0.72

0.74

0.76

0.78

0.80

0.82

0.84

0.86

0.88

0.90

デフォル

ト確

通貨

危機

の確

資産価値の減価率

通貨危機の確率 デフォルト確率

10%

11%

12%

13%

14%

15%

16%

17%

18%

19%

20%

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

0.50

0.52

0.54

0.56

0.58

0.60

0.62

0.64

0.66

0.68

0.70

0.72

0.74

0.76

0.78

0.80

0.82

0.84

0.86

0.88

0.90

デフォル

ト確

通貨

危機

の確

資産価値の減価率

通貨危機の確率 デフォルト確率

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図表 4 為替の下落率と発生回数

3.2 分析対象国と利用データ

本稿で分析対象とする国と分析に利用するデータについて説明する。

本稿では 2 つの新興国(タイ、アルゼンチン)を対象として実証分析を行う。タイランドは

1990 年代後半に深刻な通貨危機(アジア通貨危機)の起点となった国として通貨危機の分析

の対象として取り上げられることが多い国である。また、タイは 2006 年 9 月の軍事クーデタ

ーやその後の政権交代にともなう混乱が続くなど政治的にはやや不安定な状態が続いている

国である。もう一つの対象国アルゼンチンは 2001 年末に外貨建て債務のデフォルトを起こし

た国であり、日本でも本ソブリン債の保有により元本削減などの影響を受けた投資家も多い

と推察される。また、2001 年の債務削減にともなう混乱を引きずる形で 2014 年 7 月末にも

再度デフォルトを起こしたことは記憶に新しい。

(a) ソブリンのマクロ経済指標

全てのマクロ経済指標は IMF の International Financial Statistics、もしくは、世界銀行の Global

Development Finance (Quarterly External Debt Statistics)から取得した。これらの情報ソースはソ

ブリン分析において最も一般的に利用されているデータソースであり信頼性も高い。また、

全てのデータは米ドル建てに換算したうえで月次ベースで取得・計算している。

(b) 市場価格データ

為替レートなどの市場データは必ずしも全てのデータが過去に遡って取得出来るとは限らな

いため、本稿では図表 5 に示したような期間を分析の対象としている。これらの分析期間に

はタイの通貨危機およびアルゼンチンのデフォルトの前後の期間が含まれている。 図表 5 計算に利用したデータの期間

国名 10%以上 20%以上 30%以上

Thailand 4 2 0

Argentina 8 5 2

County Calculation Periods Thailand Jan 1996 to Dec 2014 Argentina Oct 1998 to Dec 2014

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(c) ソブリンの資本価値、 tE

ソブリンの資産価値をどのように計算するかは一つの大きなテーマである。本稿では、当社

がこれまでに培ってきたソブリンのバランスシートを構築する独自手法をベースにソブリン

の資本価値を計算する。基本的なコンセプトに興味のある場合は、堀田(2012、2014)を参照願

いたい。

3.3 通貨危機の確率とデフォルト確率

第 2 章で議論した方法で通貨危機の確率やデフォルト確率を計算するためには、資産価値の

減価率ψ (もしくは為替の下落率 χ )を何らかの形で与える必要がある。ここでは、過去の

通貨危機の事例や先行研究を参考に、通貨危機が発生した際の標準的と考えられる値として、

資産価値の減価率ψ =0.8(為替の下落率 χ =0.25)のケースで通貨危機の発生確率とデフォル

ト確率を計算する。その結果を図表 6 に示した。また、参考として標準的な(ジャンプがな

い場合の)マートンモデルによって計算されたデフォルト確率も示している。

左側のパネルはタイの結果を示している。タイの通貨危機が発生した 1997 年 7 月(図表 6

中の赤点線)時点の通貨危機の発生確率は約 64.9%と極めて高い値を示している。また、そ

の前月でも約 42.4%を示している。タイはその同年 8 月に IMF に対する外貨の支援要請を行

っているがこれを広義のデフォルトとして捉えるならば、その前月時点(1997 年 7 月)での

デフォルト確率は約 9%と高い値である。その後デフォルト確率は上昇を続けて 1998 年 6 月

には 30%を超える水準に達している。なお、2006 年 9 月の軍事クーデターや、その後 2007

年から始まった米国金融危機の影響を受けて通貨危機の確率にやや上昇が見られるが、デフ

ォルト確率には際だった変化は見られない。

図表 6 の右側のパネルはアルゼンチンの結果を示している。通貨危機の確率は債務のデフォ

ルト(2001 年 11 月:図表 6 中の赤点線)の 3 ヶ月前よりほぼ 100%の水準で推移している。

また、デフォルト確率はデフォルトの前月で約 43%になるなど極めて高い水準を示している。

一方、2014年 7月のデフォルトでは前月の通貨危機の確率は約 77.8%、デフォルト確率が 5.6%

(2014 年 2 月頃は一時デフォルト確率は 20%を超える水準)となっている。また、2008 年

後半には米国の金融危機の影響を受けてアルゼンチン経済が急減速し債務のデフォルト観測

が出ていたが、この頃は通貨危機の確率がほぼ 100%、デフォルト確率が概ね 20%台に跳ね

上がって推移している。一方で、標準的なマートンモデルによる結果はいずれの国の場合で

もデフォルト確率が相対的に低めに計算されている。これらのことから、本稿で採用したモ

デルは通貨危機やデフォルトの発生に対する早期警戒情報として有効に利用出来る可能性を

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示していると考えられる。

なお、結果を子細に観察すると、いずれの国の結果でも、通貨危機の発生確率とデフォルト

確率との間には強い相関が見られることに気づく。ジャンプの頻度に関するパラメータ λが

通貨危機にの確率を表す式(2)とデフォルト確率を表す式(6)の両方に含まれていることから

考えれば理論的にも予測される結果である。ただしその相関関係が常に維持されているわけ

ではない。図表 3 で見たとおり通貨危機の確率とデフォルト確率は必ずしも線形関係ではな

い点には留意が必要だ。

図表 6 通貨危機の確率とデフォルト確率(ψ =0.8)

(a) 為替レートの減価率を変化させた場合

第 2 章で議論した方法で通貨危機の確率やデフォルト確率を計算するためには、資産価値の

減価率ψ (もしくは為替の下落率 χ )を何らかの形で与える必要がある。ここでは、資産価

値の減価率をψ =0.7, 0.8, 0.9 の 3 つのパターンで計算した結果を示す。図表 7 の上の2枚のパ

ネルは通貨危機の発生確率の推移を示している。3.1 節の基本分析で見たとおり、資産価値の

減価率ψ の値が大きくなるほど( →ψ 1)通貨危機の発生確率が高くなるという傾向が確認

できる。即ち、規模が小さい通貨危機ほど発生しやすいということを示している。一方、図

表 7 の下の2枚のパネルはデフォルト確率の推移を示している。資産価値の減価率の変化に

対するデフォルト確率の変化の感度がやや鈍いことが分かる。更にいえば、資産価値の減価

率の変化とデフォルト確率の変化が必ずしも線形の関係で無いことが見て取れる。(例えば、

アルゼンチンの 2002 年のデフォルト確率は、 )7.0( =ψPD > )8.0( =ψPD の関係であるが、

2013 年頃はその関係が逆転している。)図表 2 で確認したとおり、一般論としては、資産価

値の減価率が 1 に近い(=下落率が小さい)ほどデフォルト確率は下がる傾向を示すが、図

表 3 で示すようなケースでは、両者が複雑な非線形の関係を示す場合もあり、通貨危機の発

生確率とデフォルト確率との間の複雑な関係を表現していると言える。

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20%

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Argentina通貨危機の確率

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図表 7 通資産価値の減価率を変化による通貨危機の確率とデフォルト確率の推移

パネル上:通貨危機の確率、パネル下:デフォルト確率

3.4 為替レートの減価率

第 3.3 節では、資産価値の減価率ψ (もしくは為替の下落率 χ )を一定値に仮定して通貨危

機の確率とデフォルト確率を計算した。ここでは、別の情報から資産価値の減価率ψ (もし

くは為替の下落率 χ )を推計する方法を試みる。一般的に、通貨へのアタックが生じた時に

政府・中央銀行は外貨(ドル)を売ることで自国通貨を防衛する手段をとることが多い。そ

の場合、保有する外貨が底払したときが通貨危機の発生であると仮定すれば、通貨危機の時

点で資産価値V は RESV − に(少なくとも)減価することになる。ここで、RES は外貨準備

高を表す。したがって、通貨危機時の資産価値の減価率は VRESV /)( −=ψ で与えられるこ

とになる 12。この関係式では、外貨準備が大きい国ほど(ψ が小さくなることから)通貨危

機が発生しにくくなるという関係を表現しており実感とも整合的な設定といえる。この場合

の通貨危機の確率とデフォルト確率の推移を図表 8 に示した。資産価値の減価率はタイの場

合で概ね 0.7~0.8 程度、アルゼンチンの場合は 0.8~0.9 で推移していることが分かる。3.1 節

12 2.2 節のコンスタントジャンプ拡散方程式の前提としてジャンプ幅ψ は定数としているが、ここで

の計算上は、計算時点で与えられたジャンプ幅はリスクホライズンの間は一定であることを暗黙に仮

定している点に留意。また、ψ は資産価値V の関数であるため繰り返し計算により値が収束するまで

繰り返して解を求めた。

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で確認したとおり、資産価値の減価率ψ が大きく(ψ 1→ )なるほど(即ち、外貨準備高が

小さくなるほど)通貨危機が発生しやすいという関係があるが、実際の通貨危機やデフォル

トも(図中赤破線)、ψ が大きくなった時点でこれらの危機が発生する傾向が確認できる。資

産の減価率がやや大きめのために計算されるデフォルト確率は全体的にやや低めに推計され

ており、タイの通貨危機の発生直前での通貨危機の発生確率は 68%超、デフォルト確率は

10%超であった。またアルゼンチンの 2 回のデフォルト発生直前での通貨危機の確率はいず

れも約 100%、デフォルト確率は約 2%と約 0%と低めの水準であった。アルゼンチンの場合

は通貨危機の確率が高くなったことで、デフォルト確率が低く推計されてしまう結果となっ

た。資産価値の減価率の設定によって結果が大きく左右される部分であり今後の研究が必要

な部分だ。

図表 8 通貨危機の確率とデフォルト確率(資産価値の減価率が変化するケース)

4 結論と今後の展望

本稿では、通貨危機と債務のデフォルトとの関係を明示的に取り込んだ新たな定量モデルを

提案した。本モデルは通貨危機によるソブリンの資産価値の下落をコンスタントジャンプ拡

散方程式で表現するモデルとして提案している。この結果、通貨危機の発生確率やデフォル

ト確率を別々に計算することが可能となり、それぞれが相互に影響を与えるモデルとなった。

本モデルの特徴を調査した結果、通貨危機による資産の下落率の期待値が大きい(大規模

な通貨危機)ほど通貨危機の発生確率は低く、逆に小規模な通貨危機ほど頻繁に発生するこ

とを示しており、現実で観察される現象と整合的であることが分かった。一方で、デフォル

ト確率はより複雑な関係を示しており、大規模な通貨危機が発生する場合ほどデフォルト確

率が上昇するという基本的な傾向が見られるもの、計算の条件によってはより複雑な非線形

の関係を示す場合が見られた。この背景に、小規模な通貨危機ほど発生頻度は高いもののデ

フォルト確率に与える影響は小さいが、一方で大規模な通貨危機はその発生頻度は低いもの

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のひとたび発生すればデフォルト確率に強い影響を与えるというトレードオフの関係がある

ためこのような非線形な関係になると考えられる。

つぎに、本モデルを、1997 年にアジア通貨危機を経験したタイランドおよび債務のデフォ

ルトを 2001 年と 2014 年に経験したアルゼンチンに適用して実証分析を行った。資産価値の

下落率を 0.8 に固定して計算した結果、タイの通貨危機発生直前の通貨危機の確率は約 42%

を超える高い水準を示していた。また、その後タイによる IMF への金融支援依頼の時点では

デフォルト確率は 9%を超える水準であった。一方で 2006 年の軍事クーデターや 2007 年~

2008 年に掛けての米国金融危機による影響は多少は観察されるものの通貨危機の確率やデフ

ォルト確率の上昇などの目立った変化は見られていない。このときには結局通貨危機やデフ

ォルトが発生していない点を踏まえると本モデルに早期警戒情報としての一定の有効性が確

認できたと言える。アルゼンチンの結果では、2 度の債務のデフォルトの直前では通貨危機

の発生確率はそれぞれ 77%超及びほぼ 100%と極めて高い水準であった。また、それぞれの

時点でのデフォルト確率は 43%超、20%超でありアルゼンチンにおいても本モデルの有効性

が示されたと言える。

為替の減価率を資産価値に占める外貨準備高の割合と仮定して計算した結果では、通貨危

機の発生確率が高い時点で実際の通貨危機やデフォルトが生じており、基本的な設定として

は有効であることを確認した。ただし、通貨危機の発生確率がやや高めに推計されることか

ら、結果としてデフォルト確率が低めに推計される傾向がみられ、アルゼンチンの債務デフ

ォルトのケースでは必ずしも十分に高い水準で捕捉できていたとは言えない状況だった。為

替の減価率の設定方法を含むモデルの改善結果や欧州ソブリン危機時の実証分析結果につい

ては今後あらためて報告したい。

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