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知的財産法総論 <知的財産法総論(1)序章の「知的財産法総論」に入ります。 レジュメで言うと1ページ目、「知的財産法への招待」の下の「知的財産法の法技術的特 徴-所有権との比較-」というところから始めます。 ここでは手紙を書いて他人に送った場合を例に挙げていますが、関連する東京高裁の事 件があります。これは[三島由紀夫手紙公表]事件と呼ばれています。三島由紀夫さんの 文通相手の方が、三島由紀夫さんとの交際を中心とした本を執筆して大手出版社から出版 したのですが、その本の中で、三島由紀夫さんからもらった手紙そのものを使いました。 そういう事件です。皆さんもいろいろと手紙をもらったりすると思うのですけれども、そ の場合の権利関係、つまり、手紙をもらったときに、どういう権利がどこにあるかが問題 になったわけです。この事件では、結局、著作権は三島由紀夫さん側に残っているという ことで、この手紙を無断で公表・複製した文通相手の方と出版社は著作権等を侵害すると いうことになりました。これが普通の理解です。「手紙を書いて他人に送った場合・・・」 とレジュメに書きましたけれども、手紙という紙ですね、こういう有体の手紙という紙、 この有体物の所有権は受け取った人、受取人に移転します。ですが、それはあくまでも所 有権についてであって、著作権、つまり、手紙の文章を複製したり、インターネットに流 したりする、そういう行為に対する権利、その手紙の文章の著作権は、特に契約がない限 り差出人である手紙作成者に残っています。手紙の所有権と手紙の文章の著作権の権利者 というのが分かれるんです。それは具体的にどういうことかというと、皆さん、手紙を破 ることはあまりないかもしれませんが、捨てることはしょっちゅうあると思います。有体 物たる手紙の所有者が、手紙自体を捨てることは所有権の行使として自由です。捨てるこ とは自由にできるのですが、それを公にインターネットに流したり、私的複製じゃなくて、 公的に、あるいは営利目的で複製したりすると、それは著作権侵害となります。だから、 破ったり捨てたりすることはできるけれども、自由に複製したり、公にインターネットに 送信したりすることはできないということになります。 ここで、有体物、無体物と言っていますが、この講義で使っている『知的財産法』とい う私が書いた教科書についても同じことが言えます。この教科書を買ってくださった皆さ んは買った教科書の所有権を手に入れました。だから、著作権は私が持っていますけど、 私が皆さんの机に行って、「僕の本だから」とか言って取り上げることはできませんね。そ の意味では、皆さんはこの教科書について所有権を持っているのです。だからといって、 皆さんがこの教科書のどこかを、私的複製は構いませんが、例えば営利目的で複製したり、 あるいは出版する目的でこの教科書のどこかのページを複製すると、私の著作権を侵害す るとことになります。 ということで、有体物に関する所有権と、有体物を離れてある文章を複製したり、話し たりすることができるという場合の対象たる情報―これを無体物あるいは著作物とも呼び 1/23

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知的財産法総論

<知的財産法総論(1)>

序章の「知的財産法総論」に入ります。

レジュメで言うと1ページ目、「知的財産法への招待」の下の「知的財産法の法技術的特

徴-所有権との比較-」というところから始めます。

ここでは手紙を書いて他人に送った場合を例に挙げていますが、関連する東京高裁の事

件があります。これは[三島由紀夫手紙公表]事件と呼ばれています。三島由紀夫さんの

文通相手の方が、三島由紀夫さんとの交際を中心とした本を執筆して大手出版社から出版

したのですが、その本の中で、三島由紀夫さんからもらった手紙そのものを使いました。

そういう事件です。皆さんもいろいろと手紙をもらったりすると思うのですけれども、そ

の場合の権利関係、つまり、手紙をもらったときに、どういう権利がどこにあるかが問題

になったわけです。この事件では、結局、著作権は三島由紀夫さん側に残っているという

ことで、この手紙を無断で公表・複製した文通相手の方と出版社は著作権等を侵害すると

いうことになりました。これが普通の理解です。「手紙を書いて他人に送った場合・・・」

とレジュメに書きましたけれども、手紙という紙ですね、こういう有体の手紙という紙、

この有体物の所有権は受け取った人、受取人に移転します。ですが、それはあくまでも所

有権についてであって、著作権、つまり、手紙の文章を複製したり、インターネットに流

したりする、そういう行為に対する権利、その手紙の文章の著作権は、特に契約がない限

り差出人である手紙作成者に残っています。手紙の所有権と手紙の文章の著作権の権利者

というのが分かれるんです。それは具体的にどういうことかというと、皆さん、手紙を破

ることはあまりないかもしれませんが、捨てることはしょっちゅうあると思います。有体

物たる手紙の所有者が、手紙自体を捨てることは所有権の行使として自由です。捨てるこ

とは自由にできるのですが、それを公にインターネットに流したり、私的複製じゃなくて、

公的に、あるいは営利目的で複製したりすると、それは著作権侵害となります。だから、

破ったり捨てたりすることはできるけれども、自由に複製したり、公にインターネットに

送信したりすることはできないということになります。

ここで、有体物、無体物と言っていますが、この講義で使っている『知的財産法』とい

う私が書いた教科書についても同じことが言えます。この教科書を買ってくださった皆さ

んは買った教科書の所有権を手に入れました。だから、著作権は私が持っていますけど、

私が皆さんの机に行って、「僕の本だから」とか言って取り上げることはできませんね。そ

の意味では、皆さんはこの教科書について所有権を持っているのです。だからといって、

皆さんがこの教科書のどこかを、私的複製は構いませんが、例えば営利目的で複製したり、

あるいは出版する目的でこの教科書のどこかのページを複製すると、私の著作権を侵害す

るとことになります。

ということで、有体物に関する所有権と、有体物を離れてある文章を複製したり、話し

たりすることができるという場合の対象たる情報―これを無体物あるいは著作物とも呼び

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ますが、この有体物の側面と無体物の側面を明確に分けることが必要になります。こうい

うふうに聞くと、「なんだ、そんなこと簡単じゃないか」と思われるかもしれませんが、最

高裁まで争われたパズルみたいな事件があります。最終的に最高裁の裁判官もきちんと正

確には分からなかったのじゃないかというような、すごい頭の体操のような事件です。そ

れが、レジュメの 1ページで〔三島由紀夫手紙公表〕事件の下で紹介している[顔真卿自書

建中告身帖]事件です。顔真卿というのは中国の書の大家1人であるとともに唐の時代の行

政官でした。武将としても大変有名な方だったようですが、書も大変有名です。ただ、彼

の書いたものは大体、石碑、つまり石に彫られていて、真蹟、つまり自ら墨で書いたもの

は世界に確か3つくらいしかないらしいのです。そのうちの1つがこの告身帖というもの

で、三大書家の真蹟なので大変貴重です。

この事件の原告はこの顔真卿の自書建中告身帖を所蔵する博物館なのですが、もともと

この告身帖を持っていらっしゃった収集家の方が亡くなったときに財団法人をつくって、

この博物館に寄附したのですね。その方はいろいろとコレクションを持っていて、そのう

ちの1つがこの告身帖で、それがほかのコレクションと一緒にこの博物館に収まったとい

うことです。この博物館が原告になっているのですが、なぜ事件になったかというと、被

告の出版社Yが、コレクションを寄附した収集家が告身帖を所有していた当時に、その許

諾を受けてこの告身帖を写真撮影した人から写真のネガを譲り受けて出版したからです。

写真撮影当時は出版されなかったのですが、有体物の告身帖の所有権が博物館に移ってか

ら、その写真のネガをYが譲り受けて、その写真を使った『顔真卿楷書と王澍臨書』とい

う刊行物を出版したというわけです。博物館としては、告身帖の複製が載った本が出版さ

れると大変困ります。出版されなければ、世界に3つしかない真蹟の1つなので、見るた

めには、みんな博物館に来館しなければなりません。ところが、本が出版されると、現物

の迫力はないかもしれませんが、現物を見に美術館に訪れる人はかなり減るかもしれない

ということで、博物館がこの出版社を訴えました。けれど、告身帖の著作権は既に切れて

いたのです。著作権というのは、皆さん、初めて聞くかもしれませんが、著作者の死後 50

年で存続期間が切れるというのが原則です。著作者の死後 50 年だから、人によって違いま

す。著作後、すぐ死ねば 50 年だし、長生きしたら 100 年くらいになるでしょうか・・・ど

ちらにしても顔真卿が亡くなってから 100 年なんて軽くたっていますので、著作権は関係

ない。そこでどうしたかというと、博物館はしようがないので所有権侵害で訴えたのです

ね。どのような理屈で所有権侵害の訴えをするのかというと、簡単です。有体物である告

身帖の所有権はXが持っている。所有権は物が存在する限り続いて、未来永劫なくなるこ

とはありません。この所有権を博物館が持っている。そしてYの行為によって、博物館が

有していた所有権の経済的価値、よく分かりませんが、例えばYの出版行為がなければ毎

年たくさんの人が来て、例えば 200 万円、あるいは 1000 万円とか 2000 万円とかくらいの

博物館の入館料をもたらすくらいの経済的価値があったかもしれない。もっと高そうかな。

そうだな、1億いくかもしれません。そのくらいの価値があったかもしれないのに、Yが

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本を出版してしまったことで、顧客吸引力が落ちてしまった。経済的価値が落ちた。Yの

出版によって告身帖の所有権の価値が下がったということを理由に、所有権侵害だという

ことで、所有権に基づく物件的請求権として販売の中止とか本の廃棄を請求したのです。

最高裁まで争ったのですが、どうなったかというと、全審級を通じて請求が認められな

い、つまり請求棄却だということになりました。その理由ですが、判旨つまり判決が言っ

ていることをレジュメに紹介しました。原告である博物館が有する所有権というのは告身

帖という物理的存在について及ぶにとまる。この物理的存在を超えて、告身帖を写した写

真についてまで所有権は及ばない。写真自体については別の所有権。この所有権はむしろ

写真撮影者にあるわけです。実質的な理由も言っています。所有権は権利期間に限定がな

く永続します。この所有権をもとに原告の主張するような請求を許すと、実質的におかし

なことになるのではないか。それは、著作権法の趣旨に反するだろう、ということです。

そうですよね。著作権法が著作権の権利期間を限定して、文化の発展を期している。なぜ

著作権法は著作権の権利期間を限定するかというと、もうある程度古くなったものは、皆

さんが自由に使えるようにしたほうが文化の発展につながると思っているからです。その

ために著作権は存続期間を区切っているのです。ところが、未来永劫続く所有権で、著作

権により禁じることの出来る行為を押さえることができるのだったら、何のために著作権

法が権利期間を限定しているかわからない。著作権が切れても所有権に拠って同じ権利内

容がずっと続くことになると、著作権の期間限定の趣旨が潜脱される、没却されるという

ふうに判決は理由付けたのです。ここまではいい。ここまでは最高裁は大変正しい、まと

もなことを言っています。問題はそこからあとです。頭の体操が始まるところです。

レジュメ 1ページ真ん中より少し下の、「ところで…」というところからです。これは大

変難しい話ですが、原告Xは「博物館の所蔵品、一般に博物館とか美術館の所蔵品を撮影

して出版するには、博物館の許可が必要じゃないか。しかも有料が原則だぞ。そういう慣

行があるし、実際そうだ。だから、告身帖を出版するYもXに対価に支払うべきだ。」とい

う主張もしたんですね。この主張にどう答えるかというのが大変難しいのです。そもそも、

別に撮影、出版だけじゃなくて、博物館や美術館の所蔵品を見るために、皆さん、入場料

を払っていますね。だから、実際、所有権に基づいて撮影の許可を与えてお金を取ったり、

所有権に基づいて観覧料などを取っているのだ、とも思えるのです。今回だって、所蔵品

の写真を撮影して出版する、これに対して所有権の効果が及ぶべきだ、なぜ今回だけ例外

になるんだと、美術館側はそういう主張をしたわけです。

これにうまく答えることは大変難しいのですが、最高裁は、それは原告Xの所有権の反

射的利益にすぎない、とだけ言って、それ以上は立ち入りませんでした。最高裁の説明は、

正確ではないと思います。どこがおかしいか。原告Xの主張のようなことを言う某大学の

民法の学者の先生もおられますが、そうじゃないでしょう。さらに言えば、反射的利益で

もないだろうということで、最高裁の説明のどこがおかしいかという話をこれからします。

例を挙げましょう。ディズニーランドの例で説明します。ディズニーランドのシンデレラ

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城、たぶんご存知ですよね。このシンデレラ城ですが、ディズニーランドの外からも見え

ます。たとえば飛行機に乗ると、上から見ることができます。それから、近くの高速道路

等からもシンデレラ城を見ることができます。そのときに、皆さん、お金を払わないでし

ょ。払いませんよね。写真を撮ったところで払いませんよね。じゃ、「なぜ払わないの?」

ということです。確かに、ディズニーランドの敷地の外から見る分にはお金を払いません

が、皆さん、ゲートをくぐってディズニーランドの敷地の中に入った途端に 5,000 円とか

7,000 円とか払いますよね。ゲートをくぐった途端に、です。つまり、ディズニーランドの

シンデレラ城を飛行機や近隣の高速道路から見る場合は、ディズニーランドにお金は払い

ません。ディズニーランドは、外からディズニーランド内のシンデレラ城を見る行為に対

しては権利主張できないのです。だけど、敷地に勝手に入ると、それは所有権侵害だ、あ

るいは敷地の所有権を持っていないのかもしれません、賃借権だけかもしれません。そこ

ら辺は詳しくはありませんけれども、所有権とか賃借権の権利を主張できるということに

なります。そうすると、「あれ!?」と思うかもしれない。これは最高裁の言っていること

じゃないかと。お金を取れるのは所有権や賃借権があるからじゃないかという気がするか

もしれません。

だけど、これは実は所有権や賃借権があるからでもないっていうことが次の例からわか

ります。レジュメには書いていませんけれども、もう1つ違う例を出します。華厳の滝の

例なのです。華厳の滝って、うまい具合に滝ができているんです。どううまい具合に滝が

できているかっていうと、華厳の滝は外部からなかなか見えないのです。回りが崖になっ

ていて、なかなか立ち入ることができない。見ることができるスポットっていうのが華厳

の滝の近くにあるのですけれども、ここに行くためにお金を払わなきゃいけないのです。

大事なことは、さっきの最高裁の理屈だと、このシンデレラ城とか、告身帖に所有権があ

る。所有権を持っているから、それに近づいてくる人に対して権利を主張できる。だから、

所有権の反射的利益だと最高裁は簡単に言ったと思うんですが、この華厳の滝の例を見て

いただくと、そうでもないということが分かりませんか。華厳の滝の例では、華厳の滝に

ついて所有権を持っていなくても、華厳の滝が良く見える場所の土地の所有権を持ってい

れば、そこに立ち入る人からお金を取ることができます。だから、これは実は見る対象物

の所有権が問題になるのではなくて、むしろ見る場所の所有権の問題だったのですね。そ

の場所から見るためにお金を払わなきゃいけない。見るために人が来ます。そのときに 100

円取ったり、200 円取ったりするということになります。この場合、問題となるのは見る場

所の所有権だったんです。

じゃ、所有権であるには違いない。ただ、被写体のほうじゃなくて、見る場所のほうの

所有権が問題だったのかと思われるかもしれません。それは一面では真理ですが、実はそ

れだけでもないのです。もう1つ問題があるのです。華厳の滝はもう大変有名だから、皆

良く見える場所を知っていて、その場所に行けば華厳の滝を見ることができるぞとよくわ

かっている。だけど、中には良く見える場所がどこにあるかが分からないことがあります。

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たとえば、富士山がものすごくよく見える場所がある。近隣の山々との関係でとてもきれ

いに写真が撮れるスポットがどこかにあるらしいというときです。そういうときに、その

スポットがどこか私が知っているとすると、私はそのスポット、その場所に関して所有権

も賃借権も持っていないのだけれども、お金を取ることができますよね。その場所を教え

てあげるから、ということで。これは、持っている情報の価値次第です。無価値な情報だ

ったら、誰もお金を払わないけど、価値のある情報だとしたら、皆さん、100 円とか 200 円

くれるかもしれない。不思議に思われるかもしれませんが、でも実際、『北海道ウォーカー』

とかはそういう雑誌ですよね。皆さんはいつコンサートがあるとか、いつ映画があるとか、

そういう情報を求めて本を買ったりするわけです。そうだとすると、この場合は所有権と

まったく関係ない、知られていない情報を握っているということでお金を得ることができ

るということになります。

さて、こういうことで結論を言いますと、レジュメ2ページの上から3行目のところで

すけれども、2つの問題があります。1つは「法的アクセスが不可能な場合」で、2ペー

ジの上から5行目のところです。その土地に入ると所有権の侵害になる、というときには、

法的にアクセス、つまり法的にある土地に入るためには、誰かの許諾を得なければいけな

いのです。この誰かっていうのは、レジュメではその少し下にありますけど、「法的なアク

セスの障害物に関する権利者」、例えば土地の所有権者だったりするわけです。それから、

それ以外にも、レジュメではちょっと上に戻りますが、先ほど華厳の滝とか富士山の例で

2番目に話した話、「物理的にアクセスできない場合」というのもあります。「その土地が

どこだかわからない」というときですね。そのときには、この物理的な障害を除去してく

れる人、たとえば土地の所在につき必要な情報を伝えてくれる人にお金を払わないといけ

ないということになります。これが大変重要なことですが、「逆にいえば」以下のところが

むしろ重要ですね。「物理的にも法的にもアクセスすることができるものに対しては、アク

セスに何の対価も支払う必要がない」ということです。

そこで、レジュメに「花火」について書きました。花火大会なんかも、皆さん、見るの

は自由ですよね。見たら誰かに権利を主張されるということはないですから、法的にもア

クセスできますし、また物理的なアクセスも簡単ですよね。ボンボン音が鳴っているから、

「きょうは花火大会だ」と分かる。特に誰に教わることもなく見ることができるというこ

とです。こういう場合を、「自由に見ることができる」といいます。

話がレジュメ1ページのほうに戻ります。じゃ、Xの主張なのですけれども、Xの主張

のどこがおかしいかというところに戻ります。展示品等の撮影料とか観覧料の法的性質は

何なのかと。これはもうすでに皆さんはお分かりになったと思いますが、Xの主張はやは

りおかしくて、あるいは最高裁も所蔵品の所有権の反射的利益だと言ったんですけれども、

これもちょっとおかしくて、博物館や美術館が展示品等の撮影料、観覧料を取れるのは、

博物館とか美術館がある土地の中に所蔵品をしまっているからなんです。所蔵品の所有権

を持っていても、どーんと道路に向けて飾っていたら、皆、自由に写真を撮ることができ

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るわけです。お金を払わないと写真撮影できないのはしまってあるからなのですね。です

から、その所蔵品のある場所についての所有権を有しているということと、それだけじゃ

足りなくて、もう1つ、物理的に覆ってしまっていること、が必要です。結局、物理的、

法的に囲い、障壁があるから、それらの障壁を解除するための対価を得ることが出来るん

です。「中に入っていいですよ。入り口はここですから、ここから入ってください。ここか

ら入れば所有権も主張しません。」ということで入り口を設けてあって、物理的な障壁を取

り除いているし、所有権を主張しませんという形で法的な障壁を取り除いている。そして、

その代わり「200 円ください」とか「300 円ください」といってお金を取っているんですね。

だから、「法的性質は?」と言われても困るのですが、その所蔵品がある場所について所有

権があるということと、それから所蔵品が物理的にしまわれているという2つの障壁があ

って、それを破るための対価なのだということになります。

この点に関する具体的な事件は他にもあります。東京地裁で平成 14 年に判決された「か

えで」事件というものです。これは単純な事件でして、シンデレラ城のかえで版みたいな

ものです。長年、時間と手間をかけた結果、大変きれいなかえでを生育した人=Xがいて、

すごく有名になったので皆見にきていました。皆が自由に見にきていた時代に、顔真卿の

事件と全く同じなのですが、Yという人がやって来て自由に写真を撮ったのです。ところ

が、あるときから、どうも皆が見にきて根のところを踏みつけるので、かえでがちょっと

枯れてきたということで、Xはある時点から柵をしたのですね。Yが写真を撮った後に柵

をしたのです。柵をした上に、看板で「営利目的での撮影は禁止します」と、そういう形

で看板を掲げたのです。Xとしては、自由に観光客が来て写真を撮るのは構わないだれど

も、営利目的で来て、どっかで出版するのだったらただでは済ませないと。相当のお金を

かけているわけだから、育成の費用とか、保存の費用を捻出するために、営利目的の写真

撮影からはお金を取ろうということで柵を設けるとともに、写真撮影については「営利目

的は禁止いたしますよ」と看板を掲げたのです。で、柵やその看板をかける前に写真を撮

ったYが、柵や看板ができた後にかえでの写真を出版したのですね。それに対してXが顔

真卿の事件と同じように、かえでの所有権侵害だと訴えたという事件です。もちろん、既

に最高裁判決がありますから、簡単に「これ、だめ。全然、所有権侵害じゃないよ」とな

ったのですが、ここで裁判官の方がこういうことを言いました。

傍論でです。傍論って、皆、知っていますか? 知らない人もいるかもしれないので説

明しますと、「傍ら論」と書きまして、つまり判決の決め手になっていない、判決の理由に

は書いてあるけど、まったく判決の決め手になってないもののことです。そういう意味で

は、判決の射程とか、判例法理とまでは言えない部分なのですが、この傍論でこういうこ

とを示唆しました。今すでに看板がある。そして、柵の外もXの敷地なんです。柵の外が

Xの敷地じゃなければ別なのですけれども、この柵の外もある程度のところまでXの敷地

です。で、たとえば、Zさんという人がXの敷地に入ってきて、看板を無視して、写真を

撮って出版したというようなときにはどうなるかというと、こうです。Xの敷地にはXの

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知的財産法総論

許諾がないと立ち入れませんが、その許諾の際の条件が看板に書いてあります。敷地内に

入るときには、これこれを遵守してくださいと。そして、遵守すべき条件として、撮影す

るのは構いませんけれども、営利目的での撮影は禁止しますと書いてある。その条件を守

ることが所有権を行使しない条件だったので、この条件に違反したZに対しては、不法行

為責任を請求できるのだと言ったのです。債務不履行とは言わなかったですね。ある条件

の下で所有権を行使しないという状況で入ってきたZの行為は、その条件に違反した場合

には不法行為になるのだと、そういうことを言っています。だけど、かえで事件の場合、

Yが撮影したころはそんな条件がなかったのだから、自由にやってよい、あとから出来た

条件に違反していても不法行為は成立しない、そういうふうにいっているわけです。この

かえで事件判決ぐらいになると学会の進歩ということもあって当然なのですが、最高裁で

はちょっと曖昧模糊としていた、何の反射的利益なのかという点についてもよく分かって

判決しています。この新しい判決は、そもそも「かえで」の所有権の話はしていません。

ちゃんと土地の所有権の話をしているのです。

レジュメ2ページの中ごろ、「花火大会」のところに戻ってください。以上をまとめると、

基本的には、世の中にはいろいろと物理的なアクセス障害とか、法的なアクセス障害があ

るりますが、そういうのがないときには自由に撮影したり、自由に物を見たりすることが

できるよという話です。これが実は知的財産権の基本なのです。まず基本的に自由なんで

す。物理的にも、法的にも、アクセスの障害がなければ自由だというのが基本です。そし

て、実は、知的財産権というのはこの基本を覆す権利なのですね。基本的に皆、自由なん

だ。たまに他人の土地・建物の中にしまわれていたり、物理的に囲われていたりすると、

アクセスできないものがあるけど、そうじゃない、ばーっと外にさらされているものは自

由だと。見たり、写したり、写したものを出版したりすることは自由なんだけど、例外的

に権利を設定してそういう自由な行為について禁止できるようにしたのが知的財産権なの

です。どうしてそのようにしたのか。それは、たとえばここにどーんと私の書いた絵が飾

ってあったとしましょう。私の絵は私の著作物ですから、著作権という知的財産権が及ぶ

ということになっていれば、別に看板に「営利目的で撮影してはいけない」とか書いてな

くても、基本的に著作権を主張することができ、私的複製は自由ですけれども、写真を撮

って出版しようとすると、著作権侵害となります。では、知的財産権がなぜ原則自由な行

為を規制するために生まれてきたのかという趣旨、知的財産法制度の全体的趣旨を次にお

話します。

これから 28 回かけて、あるいは今回を除いて 27 回かけて話す話は、その応用だという

ことになります。

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<知的財産法総論(2)>

花火大会の話に戻ります。花火大会というのは先ほど申し上げたように、皆さんが見る

のに特に物理的な支障はありません。道路のところから見ることは全然構いません。普通

は覆いもかかっていません。東京ドームとか、札幌ドームの中で花火大会をやられてしま

ったら、そのときはしようがないけれども、東京湾や江戸川べりでやっている分には物理

的に自由に見ることができるわけです。それから、法的にも花火には著作権はありません

ので、まぁ、仮に著作権があったとしても見るという行為に著作権は及びませんが、見る

以上の行為、たとえばインターネットなんかで配信することもできるということになりま

す。

問題はそこから先です。花火大会など、覆いをかぶせることが不可能なものについては

原則として物理的、法的アクセスが自由なので、たとえばニュース報道をすることは自由

でしょう。ニュース報道などで、「きょう、豊平川で花火大会がありました」などといって

花火の映像を2~3発映す、構わないと思います。ですが、そこから先、全部自由にして

いいのかという話です。たとえば、こういう場合はどうでしょう。花火大会を主催するの

にはお金がかかっています。その主催者に無断でテレビ局が特別中継番組を組むことがで

きるか。豊平川の花火にはないようですけれども、東京だったら隅田川の花火大会には必

ずと言ってよいくらい特別中継番組があります。そのときには、テレビ局からそれなりの

お金が花火大会の主催者に払われていると思います。問題はお金を払わずに、特別中継番

組を組むことができるのかということです。実は、これについては、たぶん意見は分かれ

るのではないかと思いますが、私はこういうふうに考えています。

もし、この場合、まったく自由だと、許可なく中継してもまったく責任を問われないと

すると、ちょっと世の中困ったことになるじゃないでしょうか。どういうことかというと、

今年は隅田川の花火大会に、たとえば、全然わからないけれども、5,000 万とか、1億、ど

こかの局が払ったとします。そしたら、隣の局が無断で同じような特別中継番組を流した。

別にお金を払わなくてもカメラで写すことはできますから、それをテレビで流して、いろ

いろコメントをつけたりして同じような番組をやった。もしそういうことがあると、普通、

お金をちゃんと払ったA局は、払っていないB局より払ったお金の分だけ損した気分にな

りますね。なんだ、自由にできるんだ、じゃ、来年から払うのはやめようということに多

分なるでしょう。あるいはすごく安い金額しか払わなくなる。放映料なんか誰も支払わな

くなるわけです。そうすると、どういう問題が起きるかといいますと、こういうことです。

この花火大会もそうだし、オリンピックもそうなのですけれども、あれだけでかでかと花

火大会やオリンピックができるというのは、実はテレビがあるからなのです。もしテレビ

がない時代だったら、花火大会もオリンピックもあんなに大規模にすることはできません。

なぜかというと、花火大会を大々的にするにはとてもお金がかかります。オリンピックも

同じです。お金がかかる花火大会やオリンピックができるようになっている理由は、お金

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を回収する手段があるからです。花火大会をどこかのテレビ局がカメラで写して、これを

東京エリアに放送で配信する。花火大会の番組を我々、一般消費者が見て視聴率が取れる

ということになると、その花火大会に対してテレビ局はたとえば何千万円、あるいは何億

円かのお金を払うわけです。その理由は皆が見るからです。テレビ局は放映の対価として

お金を払って、その後、たとえばNHKだったら受信料で回収しますし、民放は企業から

CMスポット料をいただく。スポットじゃなくてもスポンサーCMでもいいのですが、そ

のいう形でCM代金をいただくことでお金を稼ぐわけです。テレビがない昔だったら、近

隣の商店、あるいは札幌市とか、町とかがいくらかずつお金を出して打ち上げるとか、近

所の人が、「今年も花火を見よう」とか言って、町内会で会費を取ってこじんまりと打ち上

げる。昔の雪祭りなんかもたぶんそんな小規模な感じだったと思うのですけれども、それ

しかできない。テレビが生まれてテレビ局が収入を得ることで、その収入の幾分かが主催

者側に還元していただける。それによって大きな花火大会ができるようになったのです。

これがさらに大規模になったのがオリンピックです。全世界の人が見る。ということは、

全世界にCMが売れる。CMを大勢に見てもらえるから、CMスポットも売れ、お金も回

収できて、そのお金がオリンピックにつぎ込まれて、もっと人を惹きつけるような番組に

なると、そういう循環の形になります。だから、マス・メディアっていうのは、放送によ

る情報発信機関でもありますが、金銭の回収機関でもありうるのです。イベントの金銭の

回収手段でもあります。

問題は、あるテレビ局がお金を払っているのに、別のテレビ局がただで同じように特別

番組を組んでこれを撮影して、ただで配信してしまった場合に起こります。そうすると、「な

んだ、向こうはただなんだ」、「お金をこれ払うのはばかばかしい」ということになって、

次からは全く払わなくなるか、あるいはものすごく安くしかお金を払わなくなる、という

問題が起きるのです。その結果、テレビというマス・メディアはスポンサー収入という形

で多額の資金を回収する手段であり、この手段を利用して初めて、大きな費用のかかるイ

べントを開催することが可能になっているのですが、これが少し困難になる。そんなに大

きな金は払えない。むしろ、誰かがお金を払って花火が打ち上げられるのを待って、2番

手でさっと写してただでやってやろうと、そういう海賊―海賊かどうかは問題なのですけ

れどもー海賊業者のほうが増えてしまう。そうすると、どうしても皆さん、お金を少しし

か払わなくなってくる。あるいはまったく払わなくなるかもしれないという問題が生じて

きます。雪祭りなどでも、特別中継するためにお金がまったく支払われなくなると、だん

だん雪祭り自体が縮小化するということになるでしょう。ですので、レジュメ2ページの

真ん中あたりに書きましたけれども、こういう大きなイべントをすべきだ、花火大会、雪

祭り、オリンピックはあったほうがいいと思うのであれば、主催者に存分に対価を支払わ

せるために、無断で放映する行為を不法行為だという必要があります。そういわないと、

皆、フリーライドに走ってしまうからです。

逆に、別に花火大会なんてうるさいからいらないとか、オリンピックなんてばかばかし

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知的財産法総論

いからいらないと思うのだったら、保護する必要はまったくないから無断放映をほっとけ

ばいいのです。きっと、どんどん縮小化されるでしょう。あるいは雪祭りについてはうる

さい、と思う人はあまりいないかもしれませんけれども、もし雪祭りになにか問題がある

ということで皆がやめたほうがいいと思っているのだったら、放映を自由にすればいいの

です。そうすると、どうしてもだんだん規模が縮小化されるということになります。

実は、こういう考え方で民法 709 条を使う裁判例が、多くはありませんけれども、今ま

でまったくないというわけではありません。たとえば、東京高裁の[木目化粧紙]事件は大

変有名なものです。これは次のコマで取り上げる「デッドコピー」、つまり他人の商品をそ

のまま複写、コピーして、そっくりそのままの模倣商品を作ることが違法だという条文が

なかった時代に、家具などの表面に張りつけて、きれいな木目を装うものである木目化粧

紙、机とかタンスに使われますね、そういう化粧紙に関して、他人が作成・販売している

木目化粧紙を写真で撮ってそっくりそのままの木目化粧紙を作って同じ地域内で半額で販

売したという事件でした。この木目化粧紙を作るのに大してお金はかかってないのではな

いかと思われるかもしれませんが、実は結構それなりにかかっているそうで、たとえばこ

の事件では、自然の木目を何枚か写真に撮り、その中で 1 番きれいなのを選んでデザイナ

ーが加工して、さらに貼る場所が長かったり短かかったりするときのために、一定のライ

ンで木目が揃うようにして何枚もつなげることができるようにデザインしたものだそうで

す。そういう費用が掛けられた木目化粧紙について、他方で、まったく費用をかけずに、

ただ売っている木目化粧紙の写真を 1 枚撮ってくるだけの人がいる。それで、競争する。

そうすると、最初の人は写真家を雇って、写真の中から何枚か化粧紙用の木目を選んで、

さらにデザイナーを雇ってデザインしてもらって、それから最終的にいろいろ加工して製

品化しているわけですけれども、それに対して2番目の人には、その写真家とデザイナー

の費用はかかってません。かかってない分、安くできるわけで、半額でできたんでしょう

ね。そういう差があった、という事件がありました。この事件で、東京高等裁判所は、営

業権の侵害という理由付けをしたのですが、ともかくこれは民法 709 条の不法行為にあた

るのだというふうに言いました。民法 709 条でいう権利というのは確固とした権利でなく

てもいい、保護に値する法益であればよいというような議論をたぶん民法の不法行為の授

業ですると思いますが、その一環の話です。

それから、最近でも、大変大事な事件で、[スーパーフロントマン]という事件がありま

した。これはデータベースの事件で、開発に5億円以上、維持管理に年間 4000 万円の費用

が投入されている車検用の自動車整備業用システムのデータベースについての事件です。

自動車整備業者さんは大体車検で食べていて、車検の際に自動車検査証を作成する必要が

あります。この事件で問題となったのは、今まで車検の際に手作業で調べていた、自動車

検査証を作成するために必要な情報、対象自動車の形式指定番号や類別区分番号、車体形

状、寸法、軸重などですが、これらの情報をただちに調べることの出来るデータベースな

のです。さっきも言いましたように、作成に5億円、維持に年間 4000 万という、すごいお

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金がかかっていますが、これは基本的に人件費です。車の種類はたくさんあって、類別区

分番号が付されても実際には販売されない自動車などもありますから、実在する自動車の

データに絞って必要なデータを打ち込むのは大変な作業なのです。要するに、作成に5億

円かかるというのは、たとえば、データを吟味して打ち込むのに、年収 400 万円の人を 40

人くらい雇って3年ぐらいかかる、そんな感じなのでしょう。維持管理にも年間 4000 万円

かかっています。そういう形で人件費がすごくかかっています。そのかわり、非常に有用

です。データ数としては6万件とか、10 万件、もっとたくさんあるのでしょう。それに対

して被告のほうは、その膨大な数の車両データをそのまま複製しました。どのように複製

したかというと、この自動車整備業用システムデータベースを作った会社は、整備業者さ

んにこのデータベースを売っているわけです。いろいろと条件をつけて売っているのです

が、お客さんの整備工場にライバル会社である被告が行って、目を盗んでだか、それとも

許諾があったのか、そこはちょっとよく分かりませんけれども、そこでCD-ROMか何

かに入っているデーターベースを丸ごと一式、ぽんと複写してしまったのです。複写は簡

単にできます。すると、費用的にはCD-ROM1枚分くらいの費用、数百円とかで足り

るわけです。そして、競合地域で販売しました。ものすごく楽です。片や5億円かけて作

ったもので、よくは知りませんが、原告は、たとえば年間5万円とか、10 万円とか、もっ

とかもしれませんが、それぐらいの値段は取ってそのCD-ROMを売って、毎年更新し

ているのだと思います。それに対して、被告のほうは数百円の投資で済んでますから、い

くらでもいいわけです。1,000 円で売らなくてもいいですね。向こうが 10 万円で売ってい

るなら、同じ情報だから2万円で売っても十分買う人がいるでしょう。で、これをどう考

えるかということです。

このデータベースが著作物かどうかという点は難しい話になるので、ひとまず著作権は

ないと考えてください。詳しくは著作権の授業で説明しますが、こういう、ものすごくお

金がかかるけれども、誰がやっても同じデータになるものについては著作権はないのです。

創作性がない、というのが理由です。ですので、きちんとした権利がないのです。つまり、

著作権とか、特許権などの知的財産権という形の立派な権利がない事件なのですが、木目

化粧紙以上に、これを保護しないことにはこういうデータベースを誰も作らなくなるぞと

いうことで、このデータの複写行為が民法 709 条の不法行為に該当するというふうにいっ

たのがこの事件に対する東京地裁の判決です。

こうやって肯定例ばかり紹介していると、そうか、民法 709 条、結構頑張っているぞ、

と皆さんは思われるかもしれません。けれども、実は知的財産権という形できちんとした

権利がないときに、補完的に民法 709 条で権利侵害を認めた判決はまだ 10 件ありません。

いくつか紹介したのでたくさんあるように見えるかもしれないけれども、10 件もないので

す。なぜかというと、レジュメの2ページの下から7~8行目の「もっとも」というとこ

ろにも書きましたが、「個別の知的財産法に規定のない行為を」民法 709 条で「違法視する」、

ということをめったやたらにやりますと、個別の知的財産権法で要件、効果を定めている

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知的財産法総論

意味が分からなくなりかねないのです。たとえばスーパーフロントマン事件以外でも、創

作性のないものは著作権はないけど民法 709 条でいけるじゃないかということになると、

いろいろと精緻に組んだ各知的財産法の要件が全部無駄になってしまう。1番ひどいのは

顔真卿さんの事件で、自書告身帖について、その写真撮影と出版が不法行為に該当するな

どと認めてしまったら、著作権保護期間がなんのためにあるのかわからなくなってしまい

ます。それなので、めったやたらに 709 条で補完はしてくれません。知的財産法という明

確な根拠が本当は必要なのだけれども、保護すべき特段の事情があってたまたま立法がな

いだけだ、そういうふうに裁判官が思うことが必要なのです。

民法 709 条で保護すべきか否かの限界的な例、それが最高裁までいった[ギャロップレー

サー事件]、あるいは[競走馬パブリシティ事件]などと呼ばれている有名な事件です。これ

は平成 16 年 2 月 13 日に最高裁判決が出ました。どんな事件かというと、レジュメには全

然書いていませんが、競馬ゲームの製造販売会社が被告です。このゲームは、オグリキャ

ップとか、そういう実在の馬の名前を使ってレースをして勝ち負けを見るというものでし

た。訴えたのは、馬主、馬の所有権者です。オグリキャップではなく、オグリキャップの

馬主さんが原告ということです。ほかにも名前が使われた馬が数十頭いて、その馬主さん

が20名あまり、馬の名前を勝手に使うなと訴えました。使ったのは名前だけです。そん

なに精巧なソフトではありませんので、馬の姿形や性質の情報までは使っていませんでし

た。オグリキャップという名前を勝手に使うなんて何事だ、所有権侵害だ、パブリシティ

権の侵害だ、と言って訴えたのです。大体、これまで説明してきた事案と似たような話で

すね。パブリシティ権というのは、ちょっと耳慣れない言葉かもしれませんが、普通、人

について認められるものです。人の肖像とか、名前についての権利です。肖像権、なんて

昔は言っていましたね。英語でパブリシティというのは、宣伝広告とか、顧客吸引力とか

そういう意味です。パブリシティ権に関する有名な事件と言えば、サッカーの中田英寿選

手の事件があります。日本で1番最初にこの権利を認めたのは昭和 51 年判決の[マーク・

レスター事件]だと言われています。そのときは、パブリシティ権という言葉自体は使われ

ませんでした。そのあと、[王貞治メダル事件]とか、[スティーブ・マックイーン事件][お

ニャン子クラブポスター・カレンダー事件]とか、いろいろな事件があって、日本でもだん

だん認められるようになった権利で、民法 709 条で保護されているといわれる権利です。

勝手に肖像などをカレンダーとか、ポスターとか、CMに使われない権利です。それは人

格権なのかなど、性質についてはいろいろと争いはありますけれども、認められるという

結論は最近では明らかです。ただ、ギャロップレーサー事件の場合は、物の名前です。馬

は民法上動産になりますから。自分の名前じゃなくて、自分が育てている、あるいは自分

が所有持ってしている馬の名前についてパブリシティ権が認められるかということで、こ

の事件は「物のパブリシティ権の事件」と呼ばれています。

最高裁は〔顔真卿事件〕と同じような処理をしました。競走馬の名称等に顧客吸引力が

あるとしても・・・顧客吸引力はありますね、オグリキャップという名前を付けるのと付

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けないのではゲームの売れ行きが全然違いますから・・・競走馬の名称の使用については

法令の根拠もなく、馬の所有者に排他的な使用権を認めることは相当ではない、としたの

です。それから、不法行為の成否についても、法令上明確な権利になっていないから、違

法ではないと言ったのです。この事件は、実は名古屋と東京とで見解が分かれていました。

東京のほうは厳しくて、東京地裁も東京高裁も最高裁と同じように、これはもう全然権利

ではない、不法行為にならないといって、請求を棄却していたのですが、名古屋地裁と名

古屋高裁は逆に、「物のパブリシティ権」の侵害について不法行為に該当すると認めていま

した。東京と名古屋で全然違う裁判が出て上告されていたので、最高裁の判断が待たれて

いたのですが、2004 年の 2月 13 日に同時に最高裁の判決が出まして、東京のほうは上告棄

却、名古屋のほうは上告認容、要するに名古屋の判決が取り消されたのです。

レジュメ3ページに、この[競走馬パブリシティ事件]なども題材にしながら、小括をし

てあります。まず大事なことは、他人の成果にフリー・ライドする行為が、即禁止すべき

行為となるわけではないということです。たとえば、エジソンの発明とか、ベートーベン

作曲の音楽とか、孔子の論語というような例をレジュメで挙げていますが、皆さんこれら

を、自由にただで使っています。エジソンの遺族にお金を払おうとか、ベートーベンの遺

族に、いるかどうか知りませんけれども、お金を払おうとか、孔子の遺族、どうやらいる

らしいのですが、孔子の遺族にお金を払おうという人はどなたもいない。皆、ただで使っ

ています。だから、知的財産法の話をすると、基本的にフリー・ライドはすべて違法なの

だというふうに思われる方が、学者の中でも多いのですけれども、それは実はうそです。

フリー・ライドが即違法というわけではありません。弁護士さんなどで、すぐ、フリー・

ライドは違法だ、物のパブリシティはフリー・ライドに当たるから違法だ、と主張する方

がいるのですけれども、基本的には裁判所はそれだけでは違法と認めません。フリー・ラ

イド、即違法という法理はどこにもないのです。

なぜかというと、世の中はフリー・ライドで発展し、豊かになっていきます。皆が自由

にエジソンの発明の電気などを利用できるから技術が発展する。いちいち、遺族の許諾を

取っていたら、こんなに経済社会は発展しなかったでしょう。世の中、フリー・ライドで

発展し、豊かになりますので、フリー・ライドは原則自由だと考えるべきなのです。だか

ら、さっきも話しましたけれども、物理的なアクセスに対する障害物も法的なアクセスの

障害物もなければ、自由に使ってよいのだというのが原則です。

「ただし・・・」、ということで、花火大会を例にお話ししました。花火大会を例に、例

外があるじゃないか、例外がつまり、知的財産法の発想だと申し上げました。例外的にフ

リー・ライドを禁止したほうがいいのではないかという場合がある。どういう条件を満た

すとその例に当てはまるかというと、第1に、まず、フリー・ライドされることによって

成果というか、何かを作り出した人に損害が生じているということが必要です。花火の主

催者であるとか、花火を作った人とか、そういった人に損害が生じている。ただ、それだ

けではだめです。顔真卿の告身帖の所有者にだって損害が生じたわけです。では損害の他

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知的財産法総論

になにが必要か。ばかばかしい、花火なんか作っていられない、花火は作るけど、でかい

花火大会なんてやってられない、あるいはもう5億円もかけてデータベースなんか作れな

いという流れで、損害が生じただけではなくて、損害が生じることで、データベースをつ

くる意欲が失われるということが第 2 に要求されます。経済合理的に行動するとなると、

フリー・ライドされるのでは高いお金はかけられなくなります。その意味で、成果開発へ

のインセンティヴが損なわれている。インセンティヴとは難しい言い方ですが、しょっち

ゅう私の本で出てきます。英語ですが、なかなか日本語には訳しにくいです。動機付け、

と言いましょうか。あるいは、馬の目の前ににんじんを釣るというような感じです。報酬、

ご褒美などを与えて意欲を引き出す、動機付け。そういう成果を開発しようとするインセ

ンティヴが損なわれるということが第 2 に必要です。でも、それだけでもまだ違法にして

はいけません。プラスして第 3 に、第 1 と第 2 条件が揃った結果、困るということが必要

です。多額のお金をかけたデータベースが作られなかったり、大きなイベントが開催され

なくなって、それでは困るということが必要なのです。困らなければいいのですよ。自動

車整備用のデータベースなんかいらないというのだったら、全然ほっとけばいいのです。

いや、やはりそれだけ世の中が便利になる、さっと整備が済むということはいいいことで

はないか。あるいは大きな花火大会、オリンピックが見たい、見れないと困るということ

であれば、それは要するにフリー・ライドを禁止してまでインセンティヴを確保する必要

があるという場合で、フリー・ライドを規制すべきだということになるのです。この3つ

の条件がそろったら、フリー・ライドを規制すべきだということになります。

知的財産法、あるいは知的財産権法というのは、こういった価値判断のもとに要件、効

果を組み立てた固まりのようなものです。知的財産法の制度趣旨としては、この3つの条

件でいいのですが、最後に、今ある知的財産法の対象外のもの、たとえば自動車整備用デ

ータベースや花火大会、物のパブリシティ権を保護しようというときには、もう1つ、第

4番目の要件として、個別の知的財産法の趣旨に反しないということが必要になります。

知的財産権法があえてフリー・ライドを放任しているところについて民法 709 条で違法と

いう評価をすると、知的財産法の潜脱を許すということになってしまいますから。

で、競走馬のパブリシティ権につきどう思うか、です。私はこういうふうに思っていま

す。競走馬のパブリシティ権について、結局、今説明しました第1から第 4 の条件に該当

するかを見ていくと基本的にはこういうことになります。馬の名前を使ったゲームでたく

さんゲームメーカーがお金をもうけている。第 1 に、そういうときに、成果の開発、つま

りこの事件では競走馬の生育、競馬の事業にお金がかかっていますから、競馬ゲームに無

断で馬の名前を使われることで馬主や競馬場に損害が生じているかどうかという問題があ

ります。そこをちゃんと見極めなければいけない。たぶん、競馬場の収益には影響がない

と思います。とは言ってもわかりません。もっとゲームソフトが精巧になってくると、家

でゲームをやったら本物の競馬の馬券を全然買わないだろうと皆さんが思うのだったら損

害が生じますが、ゲームソフトで賭け事が行われるわけではありませんし、たぶん競馬の

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知的財産法総論

ゲームができたからといって馬券収入が下がることはなくて、むしろ競馬のゲームなどで

皆が競馬に関心をもつことで収入が上がるような気がします。そういう意味では、この第

1の条件をクリアするのはちょっときついのかなという気もしないでもありません。そう

すると、第2の条件も満たしていないのではないかという気がします。ここまででは、違

法ではないというほうに傾きます。けれども、僕は両論併記で、どちらもあると思ってい

ます。こうも言えるからです。なぜ損害がないと言ったかというと、競馬の事業者は馬券

収入とか、あるいは競馬場への入場料だけで競馬を成り立たせるべきだということが前提

です。でも、オリンピックや花火大会と同じように考えてはいけないという法理はありま

せん。だから、馬券収入や入場料収入だけだとなかなか競馬が盛んにならない。外国の有

名な馬を連れてくることも出来ない。けれど、たとえばゲーム産業で馬の名前を使うこと

についてお金を取ることができるとしたら、一挙にものすごく収入が増えて、もっとスタ

ジアムも立派にできるし、ものすごい外国の有名馬を呼んで来て競争がもっと激しくなる、

そういうふうになるかもしれません。もしそういうふうにすべきだ、競馬は今のような事

業収入、馬券収入とかテレビの放映料とか入場料収入だけでしっかりやってくださいとい

うのだったら全然いいのですけれども、もっと栄えさせたほうがいいと思うのであれば、

こういうゲーム産業からもお金を取れるように考えるべきです。そこの価値判断が重要な

のです。

私は競馬に全然興味がないので、まったく保護しなくても別にいいのではないのかと思

うのですが、世の中にはいろいろな人がいるでしょうから、どちらにすべきかはわかりま

せん。皆さんのご判断に委ねるということになります。ですから、もし競馬の事業をもっ

と拡大したほうがいいと思うのだったら、保護ありかな、という気がします。だけど、そ

の場合に注意していただきたいのは、私はその場合でも馬主に権利を認める必要はないと

思うのです。逐一、馬主に権利を認めていくと、何百頭、何千頭の馬主の許諾が必要にな

ってきます。そして、1人でも反対すると、網羅型のゲームが作れなくなりますね。大体、

ファンというのはいろいろな人がいるので、あまり有名じゃなくても、この馬が好きだと

かいう人がいたりするかもしれない。あるいは、中にはオタクがいますから、1頭でも欠

けているとゲームの価値が・・・とか思う人がいるかもしれない。何十頭も欠けたら大変

です。中でもオグリキャップがいないなんていうと、ちょっとさみしくなります。それか

ら、もう1つ大事なのは、許諾をいちいち取るのは大変だということです。出かけていっ

て、人によっては 10 万円と言うし、人によっては 100 万円というかもしれないし、やって

られません。

そういうことを考えると、もしさっきのような価値判断で不法行為を認めるとしても、

私は、競馬の事業者であるJRAさんに請求権を認めれば良いと思います。馬主さんはJ

RAが得たお金から後で配分を受ければいいので、おおもとの事業主であるJRAさんに

だけ権利を認めておけば十分ではないかと、思うのです。ただ、これは犬の遠吠えです。

最高裁が出ていますから、少なくとも競走馬のパブリシティの事件に関しては、おそらく

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知的財産法総論

よほどのことがない限り、今後もこの最高裁は覆らないでしょう。この最高裁の判断を覆

すには大法廷判決が必要ですが、めったやたらなことでは大法廷は開かれないだろうと思

います。ですから、もう犬の遠吠えなのですが、ものの考え方としては今のような説明で

違法にすることはありえるのではないかと思っているわけです。

今回は総論だったので抽象的な話でしたが、以上のような趣旨で作り上げられて、要件、

効果が定まっているのが、各個別の知的財産法だということになります。

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知的財産法総論

<知的財産法総論(3)>

レジュメの3ページの途中からです。知的財産法の概要ということですが、全体的な知

的財産法の見取り図を今からご説明します。

最初に「序」として書きましたが、新しい商品、新しい営業、いろいろなものがありま

す。てり焼きバーガーというのは、皆さん、当然世の中にあるものだと思ってらっしゃる

かもしれませんが、これは私が大学の1年生か、2年生のときに世の中に初登場したもの

です。モスバーガーが始めたのです。それから、コンヴィニエンス・ストアも、皆さん、

世の中に当然あるものだと思っていらっしゃるでしょうが、これは 1970 年代でしょうか、

私がやはり中学生校か、高校生のころに日本で初めて出来ました。セブンイレブンという

名前の由来を皆さんは知っているのかどうかわかりませんけれども、24 時間営業ではなく

て、朝早い 7時から夜遅い 11 時までやっているということが売りだった時代に付けられた

ものです。じきに 24 時間が常態化しましたね。それから、ピザの宅配とか、あるいは新種

の雑誌、私が子どものときにはもうすでに『少年マガジン』、『少年ジャンプ』、『少年サン

デー』とかはありましたが、そのあとの『ヤングジャンプ』とか、『ビジネスジャンプ』と

かは漫画に慣れた世代が大人になるにつれて追っかけてできたもので、やはり私が物心つ

いた後に生まれてきたものです。

さて、こういった商品、営業は全部、模倣自由なのです。てり焼きバーガーはすぐ、皆

さん、真似をしましたし、コンヴィニエンス・ストアもセブンイレブンだけではなく、す

ぐいろいろなコンヴィニエンス・ストアができました。ピザの宅配もそうだし、新種の雑

誌だって、『ヤングジャンプ』が出た後に、似たような雑誌がどんどん出たということで、

基本的に模倣は自由で、別にそれは違法ではないと思いますし、違法にする裁判例もあり

ません。

つまり、いったん、これらが世の中に出ると、物理的に誰もが自由に模倣する、まねす

ることができるということになるのですが、そうすると、問題は模倣者のほうが有利では

ないかという気がする点です。たとえば、模倣者、セカンド・ランナーとも言いますが、

セカンド・ランナーが特に有利な点は、開発コストがかからない、ということです。それ

から、ピザの宅配とか、新種の雑誌などについては、そもそも売れたものだけ模倣してい

けばいい。これは売れたんだ、じゃ、今から参入するとこのぐらいもうけがあるなという

ことで、予測が立ちやすい。1番最初にピザの宅配を始めた人とか、1番最初に新種の雑

誌の販売をスタートする、そういう人をファースト・ランナーといいますが、そういうフ

ァースト・ランナーだと、開発コストだけではなくて、ヒットするかどうかというビジネ

ス・リスクも負っているということです。それに対して模倣者はそういうリスクを負わな

い。というので、どうも模倣者、セカンド・ランナーになったほうが有利なような気がしま

す。

それにもかかわらず、私が物心ついてからも沢山の新しい商品、新しい営業が日々登場

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知的財産法総論

しているのはなぜでしょうか。もし、模倣者が有利だということになると、ファースト・

ランナーがすごく少なくなって、新しい商品、新しい営業が生まれなくなって、世の中が

停滞しそうです。ところがそうでもない。普通の考え方ではコンヴィニエンス・ストアの

模倣行為、ピザの宅配の模倣行為などに知的財産権は及ばないのですが、それにもかかわ

らず、ファースト・ランナーが減らないのはなぜかというと、その答えは、そもそも知的

財産法に頼るまでもなく、社会に事実として存在するインセンティヴがあるからではない

かということです。これが非常に重要です。

まず1つ目のインセンティヴとして、市場先行の利益というのがあります。市場先行の

利益というのは、模倣者が出現するまでしばらく時間がかかるということです。最初にて

り焼きバーガーが出たあと、模倣者はそれが売れるかどうか見極めて、かつ、自社商品と

してそれなりに、多少かもしれませんが、開発をしてから市場に出す。そうすると発売は

数カ月くらい遅れるかもしれない。コンヴィニエンス・ストアだって、売れるかどうか見

極めたうえで、あれだけのチェーン店をそろえていくのにはしばらく時間がかかるでしょ

うから、タイム・ラグが必ずあります。だから、そもそもファースト・ランナーになるこ

とによって、そのタイム・ラグの一定期間、これをリードタイムとかいいますが、その期

間だけですが、市場を独占することができます。そういう有利な点があります。

以上は模倣者が出現するまでの間だけの話でしたけれども、もう1つ、セカンド・ラン

ナーが出てきて市場の独占が終わり、競争になった以降の話として、ファースト・ランナー

として顧客、あるいは販路の開拓に先行していることで有利になります。たとえば、セブ

ンイレブンというのは我々にとってかなりのブランドです。それはやはり1番最初にあそ

こがやったということを我々が分かっているからです。そういう意味で信用みたいなもの

があります。あるいは商品の納入販路がすでにある、調達手段がある等々において、先行

することの有利な点があります。先ほど申し上げた世間の評判を活用できるということも

あるでしょう。

こういう市場先行の利益というのは見逃せません。こういうのがあるから、セカンド・

ランナーだって有利だけれども、ファースト・ランナーも有利な点がまったくないわけで

はない、ということは理解しておいたほうがよいです。知的財産権を設けるまでもなく、

市場先行の利益というのが知的財産権のかわりにインセンティヴとして世の中で機能して

いるということです。

それから 2番目に秘密管理。これも非常に重要です。例えばラーメン屋のスープだとか、

コカ・コーラの製法、香水の製法などですけれども、こういうものはいくら化学分析をし

てもいまひとつわからないところがあるそうです。例えばラーメン屋のスープがおいしい

から盗もうと思って、店主の目を盗んでスープを容器に入れて持って帰って化学分析した

ところで、成分は分かるかもしれないけれども、何を何時間かけてどうすればこうなった

のかということは絶対分かりません。香水やコカ・コーラの製法なども現在の化学技術で

は完全な解析は不可能、再現することは困難です。そして、このスープを開発する、コカ・

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知的財産法総論

コーラを開発する、香水を開発するのにはすごいお金がかかっています。製法の秘訣、秘

密をしっかり管理しておく、従業員の全部に知らせない、一部にしか知らせない、必要な

情報は鍵をかけて金庫にしっかり閉まっておく、というふうにしておくと、事実上、完全

に模倣することは困難です。ある程度似たものは出てくるでしょうけれども、完全な模倣

は困難だということで、ファースト・ランナーになると完全なセカンド・ランナーは出て

こないかもしれない、そういうことがあります。

だから、知的財産権が仮になかったとしても、秘密として管理できるというようにすれ

ば、秘密として管理したものと完全に同じものは作れないという状態になり、ある意味で

はずっと独占的に販売できるということで、ファースト・ランナーにとってのインセンティ

ヴとなります。

それから3番目。最初に言った評判にも関係するのですが、信用。これも非常に重要な

インセンティヴです。同じ営業名で営業を続ける、同じブランド名、同じ商品名で商品の

製造販売を続けることで評判を利用することができます。たとえばソニーという名前で商

売をしていくと、ソニーというのはウォークマンであるとか、あるいはいろいろな分野、

電子機械の分野でかなりの信用がありますから、だんだん今までソニーが進出していなか

った分野などについても、ソニーというブランドが付いていると、お客さんもわりと安心

してその物を買える、ということになります。ソニーというブランド、あるいはウォーク

マンという名称の商品だったら、まったく新しいタイプの商品でも安心して皆さんは買っ

てしまうかもしれない。それは、結局、ブランド名や営業名に評判が付着しているからで

す。同じマークを付すことによって評判が付着し、物が売れる。だから、今ここで頑張っ

ておけば、将来、違う商品とか、違う営業をつくるときも、その頑張りが報われるという

ことで、これもインセンティヴになっています。信用とか、評判というインセンティヴで

す。

ここで重要なことは、レジュメ3ページの下から3行目にありますが、社会に事実とし

て存在する上記のような市場先行の利益、秘密管理、信用というインセンティヴが機能し

ていて、商品・営業のファースト・ランナーが減らないというのであれば、模倣を自由に

しておいたほうがよいということです。あえて知的財産権をつくる必要はありません。そ

うやってほっておいてもファースト・ランナーになる人がちゃんといるというのであれば、

模倣を自由にしておいたほうが、ファースト・ランナーは十分いるし、セカンド・ランナ

ーも自由に参入してきて、ファースト・ランナーとセカンド・ランナーの間で、あるいは

セカンド・ランナーは1人ではありませんから、たくさんのセカンド・ランナーの間で競

争がなされる。そうすると、競争により価格が低下します。それだけではなくて、レジュ

メ4ページの最初で書いていますが、セカンド・ランナーが自由に参入してくるとなると、

ファースト・ランナーもうかうかできないので、またもうちょっと努力しよう、もうひと

つ努力しようということで、さらなる開発をなすようになります。それから、ファースト・

ランナーの技術をセカンド・ランナーが真似することでセカンド・ランナーの技術が積み

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知的財産法総論

重なって、お互いに相乗効果でどんどん技術が発展していくかもしれない。

ということで、もし仮に市場に存在するインセンティヴが十分に機能しているのであれ

ば、むしろ模倣を自由にしておいたほうがよい。知的財産法などはいらないのです。ほっ

ておけば世の中はハッピーになるということになります。

ここで授業が終われば、知的財産法はなくていいのですが、レジュメ4ページの上から

4行目からにあるように、残念ながら、そういうわけにはいかない。いくつか問題があり

ます。1つ目の問題は、先ほどから申し上げているインセンティヴがそれなりに機能はし

ているが、十分には機能しえない場合があるということです。そういうときには知的財産

法で応援する必要があります。

たとえば、この次に説明する話ですが、商品形態のデッド・コピーという行為がありま

す。デッド・コピーというのは、商品の形態をそっくりそのまま模倣する行為です。もう

形もそのまま。モスてり焼きバーガーに対して、マックのてり焼きバーガーを出すとか、

コンヴィニエンス・ストアのセブンイレブンに対してローソンなどが出現するというよう

な形での模倣ではなくて、もうそっくりそのまま同じものを出してしまう。たとえば、実

際に大きな事件になった例として、ルービックキューブがあります。ご存知でしょうか。

ルービックキューブは 1978 年から 80 年くらいのころに世界で初めて考案されました。こ

れはそれまでにない斬新なものでした。そして、すごい大ヒット商品になったのです。オ

リジナルは1個 1,980 円で売られていたのですが、大ヒット商品になりましたので、すぐ

模倣品が出たのです。模倣品は 980 円で売っていました。ちょっとすべりが悪くて、すぐ

壊れたりするのですが、それでも安いので、模倣品だと知りつつ買っている人が私の周り

にもたくさんいました。まったく同じ形状、同じ色なのです。そういうまったく同じ形状、

そっくりそのままの模倣行為のことをデッド・コピーといいます。

こういうデッド・コピーが許されてしまうと、市場先行の利益の大半が失われてしまい

ます。なぜかというと、デッド・コピーというのは簡単なのです。商品のコンセプトをい

ただいて自分で開発するのではなくて、そっくりそのまま寸法をとってそのまま商品とし

て出せばいいのだからすぐにできます。だから、市場先行の利益の期間が短くなる。その

うえ、完全に市場を食います。似たようなコンセプトで競争するのではなくて、そっくり

そのままの商品で競争しますから、打撃も大きいということで、これを完全に自由として

しまうと、市場先行の利益というものが十分に機能しなくなる。せっかく世の中に事実と

して市場先行の利益というインセンティヴがあるのに、それがうまく機能しえなくなる可

能性があるのです。

それから2番目で、秘密管理だって完全なものではありません。どうやって守っても、

産業スパイによって資料が盗まれた事件は結構たくさんあります。それよりもっと多いの

は、従業員の買収、あるいは従業員の裏切りです。秘密として管理している幹部自身が裏

切ったりする。競争相手が引き抜きを図って買収をかける。あるいは、引き抜かないまで

も、お金を払って情報をいただくということはしょっちゅう事件になります。そのような

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ことがあると、秘密管理体制自体が破壊されてしまいますから、そういう意味で秘密管理

にも欠陥があります。

それから、信用はどうかというと、これだって困りものです。ソニーというマークをせ

っかく付して頑張っていたのに、同じマークや類似のマークを使って他社がソニーのブラ

ンドにフリー・ライドできるということになると、それだけで損害ですし、さらにソニー

のまねをした企業がどうせ自分の名前ではないからということでいい加減な商品を売った

のをソニーだと勘違いされたのでは、ソニーのブランドに傷が付きます。そういう意味で、

同じ、または類似のマークを使用されることを許してしまうと、信用というインセンティ

ヴが十分に機能しなくなります。

そこで、ということで、レジュメにざっと書きましたけれども、法律が応援をする必要

が出てきます。市場先行の利益が喪失するのを防ぐためにはデッド・コピーだけは禁止し

なければいけないということで、不正競争防止法2条1項3号というのがあります。それ

から、営業秘密を秘密として管理することが完全には機能しえないものである以上、法律

で応援しなければいけない。それが不正競争防止法2条1項4号から9号の営業秘密の不

正利用行為規制です。そして、信用の蓄積を無駄にしないためには同じ、または類似のマ

ークの使用を禁止しなければいけない。これはいくつかの法律に分かれています。商品等

主体混同行為規制、あるいは著名表示の不正使用行為規制などが、不正競争防止法にあり

ますし、さらに特許庁に出願して登録することによって、登録商標権の保護という制度も

あります。こういったものが社会に事実として存在するインセンティヴの応援をしている

わけです。

次に、知的財産法は今説明したような市場に存在するインセンティヴを応援するタイプ

のものだけではありません。市場でうまくいかないことがわかっているので、市場にはな

い人工的なインセンティヴを最初から作るということもあります。たとえば、開発に多く

の投資を必要とする医薬品などはその典型例だといわれています。新薬の開発には何十億、

何百億という単位のお金がかかる。それは失敗の連続だからです。薬品というのはどうし

ても副作用の問題が非常に大きく、化学物質の組み合わせはいくらでも人工的に出来ます

が、そのほとんどがだめなのです。その中から、ほんのすき間のような、真っ黒な全体か

ら針で刺すようなピンポイントで副作用がないところを見つけていって、それに薬効がな

ければいけないのです。そういうところを見つけていく作業になります。もちろん、最近

ですと、バイオテクノロジーによってピンポイントが大きく見えるようになりつつありま

すが、ただ基本的にはまだ技術は完全にそこまでは進歩していませんから、やはり副作用

との戦いは続いている。そうすると、失敗を続けて、時々商品になるものに当たるという

感じなのです。ですから、大変な投資が必要です。

その場合、どうやってもファースト・ランナーが不利です。失敗しない分、セカンド・

ランナーのほうが圧倒的に有利です。薬効が見つかって、副作用がない商品だけをまねす

ればいいのですから。実際、医薬品の業界というのは、ファースト・ランナーになる大手

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の業者と、必ずセカンド・ランナーにだけなろうとする、そういう意味では開発部門をほ

とんど持っていない、後発の中小のメーカーとがあるのです。グループによって分かれて

います。

このように、市場を自由にほっておくと、どうやってもセカンド・ランナーが有利にな

る分野がある。こういう分野では、市場先行の利益だけでは投資回収が出来ない。また、

薬品の場合は厚生省の認可を得るときに成分が全部ばれますから秘密管理ができない。そ

のうえ、マークによる信用だけではやっていけないくらいセカンド・ランナーが有利だと

いう分野では、市場に存在するインセンティヴでは不足がありますので、法的に人工的な

インセンティヴをつくってあげる必要があります。それが特許権なのです。

特許権以外にもありますが、典型的には特許権です。市場には委ねておけないから、人

工的に模倣行為を禁止する。知的財産権というのは実は本来、無理をする権利なのです。

本来は市場に任しておいて自由に皆がまねできるところを、無理に、人工的に排他権を設

定する。これは所有権との大きな違いです。所有権の場合、対象である有体物は物として

1個しかないですから、基本的には私が使ったら、皆さんは使えないし、皆さんが使った

ら、私は使えません。もともと1人の人しか独占できない権利を1人の人に与えているだ

けなので、「所有権」はあまり人の自由を害しません。それに対して無体物の側面、つまり

知的財産権は異なってきます。たとえば今、現実にそういう知的財産権はないですけれど

も、自分が買った本を読むのは禁止などと言われると、皆さん、ものすごく自由が制約さ

れたように感じるでしょう。実際、自分が買った本であっても、その内容をインターネッ

トに出してはいけないとか、いろいろな制約がかかっているわけです。無体物の側面に権

利を及ぼす知的財産権というのは、皆が自由に利用できることを制限する分、所有権より

人の自由を侵食する度合いが高いという特徴があります。その特徴があるからこそ、先ほ

どからお話ししているように、必要がなければ権利を認めなくていいというのが私の考え

です。

それで、特許権の場合は必要があるからでしゃばっていくわけですが、必要のあり方も

対象によって変わります。デッド・コピー規制のように市場を補完するタイプのものもあ

れば、特許権のように禁止権を直接創設する形の権利もある。知的財産法には、支援型と

創設型の2つのタイプがあるということです。

ただし、今言ったように、特許権は本来は自由な利用行為を無理に禁止していますから、

いろいろと弊害もあります。もともと技術というのは積み重ねで発展するので、特許権が

未来永劫続いたりすると、技術の発展が妨げられるという問題があります。それから、や

はり先ほど、競争にはメリットがある、模倣にもメリットがあると申しました。その意味

で、模倣に対する配慮が必要ですから、特許権の存続期間を区切る必要があります。そう

いうことを考えると、差し止めではなくて、損害賠償請求だけできるような権利、模倣は

止めることはできないけれども、模倣からお金だけ取れるような権利というのがもっとた

くさん増えてもいいように思います。そういったいろいろな工夫が必要です。実際、そう

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いう例もあります。

レジュメ4ページ下方の図は、現行知的財産法の関係をまとめたものです。知的財産法

には2つのタイプがあるというのが重要です。さっきも言いました、補完するタイプと創

設するタイプです。補完するタイプが上に並べてあります。上段はすべて、市場に存在す

るインセンティヴを補完するタイプのものです。順に見ると、商品形態のデッド・コピー

規制。営業秘密の不正利用行為の規制。技術的制限手段迂回装置に対する規制。技術的制

限手段とは、コピー・プロテクションとか、アクセス・プロテクションのことですから、

これは、WOWOWとか、あるいはDVDなどのプロテクションを迂回する装置に対する

規制です。まだお話ししていませんでしたけれども、これは秘密管理と似たようなもので、

技術的に管理できるから、安心して製品を開発する、そのようなインセンティヴを補完す

るものです。それから、信用というインセンティヴを補完するものとして商品等主体混同

行為の規制や登録商標権制度というものがあります。上段は、市場にそもそも存在するイ

ンセンティヴをある規制や制度によって支援しているということになります。それに対し

て、市場に存するインセンティヴでは不十分だとあきらめている場合に、もうゼロから、

インセンティヴを創設してしまうというものもいくつかあります。その典型例が特許権な

のですが、そのほかにミニ特許といいますか、小発明のようなものとして、実用新案権と

いうのもあります。デザインに関する権利で、意匠権というのもあります。それから、半

導体チップに関する、ICの集積回路配置に関する権利である半導体回路配置権というの

もあります。それから、著作物に関する権利である著作権。耳慣れない言葉ですが、育成

者権というのは、種苗の育成に関する権利です。種苗法というのがあって、たとえば、新

しいリンゴの品種とか、新しい桃の品種とか、そういった植物の新品種に関する権利のこ

とを育成者権と呼びます。創設型にはこういったものがあります。

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