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一月六日︵日︶午後四時︱五時

本郷区駒込西片町十番

地ろノ七号より

麹町区富士見町四丁目八番地高浜清へ

︹はじめの部分切れてなし︒﹁畑打﹂の句なるべし︺

まづこのくらゐなところに候︒御旅行結構に候︒三日

そろ

には大勢あつまりすこぶる盛会に候︒小生野分をかいた

からこの次は何をかかうかと考へをり候︒なんだか殿下

様より漱石のはうがえらい気持に候︒この分にては神様

を凌ぐことは容易に候︒人間もそのうち寂滅とお出にな

いで

るべく︑それまでにいろ

くなものを書いて死にたしと

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存じ候︒以上

一月四日夜

金之助

虚子先生

一月十二日︵土︶午後十一時︱十二時

本郷区駒込西片

町十番地ろノ七号より

小石川区竹早町森巻吉へ

拝啓︒呵責を読んだ︒

かしやく

あれはたいへん骨を折った短編である︒その骨折は文

章にある︒文章のうちでも句法および句切りにある︒一

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句一句の内容よりもむしろ前者である︒そしてその骨折

り方は非常に堅い歯の立たないようなものを作り上げ

た︒あ

れは文の口調からいうと僕のかいた幻影の盾や一夜

に似ている︒妙なことに僕は僕の癖を真似た文章を嫌う︒

僕の他人と共通のところを真似たものでなく僕の癖をわ

ざわざ真似た作に対するとその人の個性がないような気

持ちがしていくら善くできていてもほめる気にならな

い︒これが第一の不満の点である︒

それからあゝいう文体は時代ものか空漠たる詩的のも

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のには適するかもしれぬが世話ものには不適当である︒

世話物は主としてある筋を土台にする︒筋でなくても

あるものを捉えて︑そのあるものを読者に与えようとす

る︒ところがあゝいうふうに肩が凝るようにかくと︑筋

とかあるものとかを味う力がみんな一字一句を味うた

あじわ

めに費やされてしまうから自分で自分の目的を害するこ

とになる︒

だから文体をあのまゝにしてしかも筋とか︑ある人情

とかをキューとあらわすためにはもっと筋を明瞭にしな

ければならない︒あるいは人に感じさせようとする人情

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をもっと露骨にかかなければならない︒ところが君の短

編の筋は茫としている︒女の呵責もやはり源因結果の不

ぼう

明瞭に伴っていっこうひき立たぬ︒それだから文章をも

っと容易にするよりほかに改良の途はない︒

もしまた文章をあの調子で生かせようとするならもっ

と頭も尾もなくて構わない趣向にしてしまうがいゝ︒詩

的な空想とか︑または官能にだけうったえるようなもの

にしさえすれば文章だけを味うことができる︒

文章に意を用いれば肝心の筋がなお分らなくなる︒筋

わか

をたどれば文章の一字一句が晦渋になる︒君は知らぬ

かいじゆう

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まに読者を苦しめている︒

単に詩的な作物と人情ものとをかねようとしてそうし

て読者の方向を迷わせたからこうなったものと思う︒

○最後に文章だけでいうと面白い句もあるが前いうとお

りおもに口調や句切りのほうに意を用いて内容に重きを

措いておらん︒平凡な想を妙な口調で述べたにすぎぬ場

所さえある︒だから呵責の一編は単に文章ものとしてみ

てもえらくない︒

○最後に文章はさて置いて筋︑趣向︑人情のほうからい

うとこれはもっと明瞭に長くかくかまたは裏からかいて

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ももっと自然に近いようにかかなければ人を感動せしむ

ることはできん︒あの女がむやみに一人で苦しんでいる

ように思われる︑苦しみ方が突飛で作者がかってしだい

に道具に使っているように見える︒すべての人間が頭も

尾もないダーク一座の操人形のように見える︒あれでは

いけないよ︒

○してみると呵責は単に文章としてもあまりえらくな

し︒単に人情ものとしてもなおよくない︒そして片々が

片々を邪魔をするように組み合わされているからその結

果はなおいけない︒

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○僕の解剖は正しい︒普通の人はあれを読んでなんだか

可笑しいと思う︒そしてなにが可笑しいか分らずにしま

う︒君はそれ等の評をきくと不平に違いない︒不平かも

しれないがそういう評が適当である︒君の不平をある点

まで和げようと思って僕はこゝまで解剖して御覧に入

やわら

れたのである︒

○いちばん最後に呵責の一編においてもっとも取るべ加

点があるなら文章である︒そしてその文章はついに漱石

の癖所を真似たものである︒したがって漱石以上に成功

した文章でも天下はそれほど動かない︒君の損である︒

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真似をされた漱石自身さえ好まぬ以上は他人はなおさら

である︒文は人間である︒君は漱石とは違う人間である

からしぜんにかけばきっと漱石と違ったものができる︒

それが君の文章である︒どうかこの後作物をやる時はそ

のつもりでやってもらいたい︒

○僕は遠慮のないことをいう︒君を失望させるわけでは

ない︒君が正しい点から出立して一個の森巻吉として成

功せんことを望むからである︒以上

一月十二日

夏目金之助

森巻吉様

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一月十七日︵木︶本郷区駒込西片町十番地ろノ七号より

府下巣鴨町上駒込三百八十八番地内海方野上八重へ

非常に苦心の作なり︒しかしこの苦心は局部の苦

心なり︒したがって苦心の割に全体が引き立つこと

なし︒

局部に苦心をしすぎる結果散文中にむやみに詩的

な形容を使ふ︒しかも入らぬところへむりやりに使

ふ︒スキ間なく象嵌を施したる文机のごとし︒全体

ぞうがん

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の地は隠れてしまふ︒

しかしてこの装飾は机の木とある点において不調

和なり︒会話は全然写真にして地の文はほとんど漢

文口調のごとき堅苦しきものなり︒︵余の文体のあ

かたくる

るものに似たり︶︒しかし警句はたいへん多し︒こ

の警句に費やせる労力を挙げて人間そのものの心機

の隠見する観察に費やしたらば︑これよりも数十等

面白きものができるべし︒

明暗は若き人の作物なり︒編中の人物と同じくら

ゐの平面に立つ人の作物なり︒みづから高い処にを

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って上から見下して彼我をかぎ分けたやうな作物に

みおろ

あらず︒それゆゑに同年輩以上の人の心を動かすあ

たはず︒

大なる作者は大なる眼と高き立脚地あり︒編中

まなこ

の人物は赤も白も黒もこと

ぐく掌を指すがごとく

双眸に入る︒明暗の作者は人世のある色のほかは

さうぼう

識別しえざる若き人なり︒才の足らざるにあらず︑

識の足らざるにあらず︒思索綜合の哲学と年が足ら

ぬなり︒年はたいへんな有力なものなり︒﹁明暗﹂

の作者は今より十年後に至って再び﹁明暗﹂をよむ

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時余の言の詐りならざるを知るべし︒

いつは

されども世には年ばかり殖えていっかう頭脳の進

歩せぬものあり︒十中六七まではこれなり︒余の年○

といふは単に世に住むといふ意ならず︒漫然と世に

住むは住まぬと同じ︒余の年といふは文学者として

、、、

とったる年なり︒明暗の著作者もし文学者たらんと

欲せば漫然として年をとるべからず文学者として年

ほつを

とるべし︒文学者として十年の歳月を送りたる時

過去を顧みば余が言の妄ならざるを知らん︒

まう

女主人公一人より成る小説なり︒この女主人公が

ひとり

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もっと判然と活動せざるべからず︒これを囲繞する

ゐぜう

付属物の人間もまたいまいっそう躍然たらざるべか

らず︒幸子を慕ふ医学士のごときはどうも人間らし

からず︒これに対する幸子もだいぶは作者がいゝ加

減に狭い胸の中で築上げた奇形児なり︒

読んでなるほどと思ふほどにできねば失敗なり︒

明暗はなるほどとまで思へぬ作なり︒著者のみむや

みになるほどと思ってゐる︒この著者の世間が狭い

証拠なり︒人間の批評眼ができ上らぬ証拠なり︒観

察が糸のごとく細き証拠なり︒

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明暗のごとき詩的な警句を連発する作家はもっと

詩的なる作物をかくべし︒しかして自己の得所が十

分発揮せらるるやうにすべし︒人情ものをかくだけ

の手腕はなきなり︒非人情のものをかく力量は十分

あるなり︒絵のごときもの︑肖像のごときもの︑美

文的のものをかけば得所を発揮すると同時に弱点を

露はすの不便を免がるるを得べし︒妄評多罪

あら

まぬ

しばらく実際について御参考のため愚存を述べん︒

幸子といふ女が画のために一身を献身的に過ごす

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といふはよし︒しかし妙齢の美人がこんな心を起す

には起すだけの源因がなければならん︒それをかか

なければ突然で不自然に聴える︒

兄が嫁を貰ふのを聴いてうらめしく思ふのはよ

し︒このうらめしさを読者に感ぜしむるためには

あらかじめ伏線を設けて兄と妹の中のよきところ︑

よさ加減を読者に知らしめざるべからず︒しからざ

ればこれまた突然にて器械的なり︒作者一人が承知

してゐるやうに思はれる︒

女が男の恋をしりぞけるところはそれでよし︒退

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ぞけて後迷ふもよし︒たゞ力量足らざるためことご

とく作者がかってに製造せるごとく見ゆ︒

女が自分の画のまづきに気がつくところアッケな

し︒突然としてレヴェレーションのごとく自分の画

のまづきを知る︒作者はそれでよしとするも読者の

腑には落ちず︒

女がつひに降参して医学士に靡かんとする時自己

なび

の不見識を考へてむりに昔の主義を押し通すところ

よし︒全編にてもっともと思ふはこのところなり︒

なぜといへば前に伏線があるゆゑなり︒これだけは

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突然にあらず︒作者のかってにあらず︒かゝる女の

心理的状態としていかにもかく発展しさうに思はる

るなり︒

かゝる変な女を描くことは一方からいへば容易な

るごとくにて一方からは非常に困難なるものなり︒

変人なるゆゑ普通の人と心理状態の異なるゆゑんを

おのづから説明せざるべからず︒これを説明せざる

かぎり読者はなるほどと思へぬなり︒しかもその説

明たるや全編を読むうちにいつといふことを知らぬ

まに説明せざるべからず︒これもっとも手腕の必要

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なるところなり︒

趣向は全体としてべつだんのことなし︒あしくい

へばありふれたるものなるべし︒たゞ運用の妙一つ

にて陳を化して新となす︒作者は惜しいことにいま

だこの力量を有せず︒

最後の一節のごときはもっとも女主人公の性格を

発揮するとともに吾人の同情をかの女の上に濺がし

そゝ

めうる好シチュエーションなるにも拘はらずさのみ

かゝ

感服せず︒

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一月十八日︵金︶午後零時︱一時

本郷区駒込西片町十

番地ろノ七号より

麹町区富士見町四丁目八番地高浜清へ

﹁縁﹂という面白いものを得たからホトトギスへ差し上

げます︒﹁縁﹂はどこから見ても女の書いたものであり

ます︒しかも明治の才媛がいまだかつて描き出しえなか

さいえん

った嬉しい情趣をあらわしています︒﹁千鳥﹂をホトト

ギスにすゝめた小生は﹁縁﹂をにぎりつぶすわけにゆき

ません︒ひろく同好の士に読ませたいと思います︒

今の小説ずきはこんなものを読んでつまらんというか

もしれません︒鰒汁をぐら

ぐ煮て︑それを飽くまで食

ふぐじる

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って︑そうして夜中に腹が痛くなって煩悶しなければ物

はんもん

足らないという連中が多いようである︒それでなければ

人生に触れた心持ちがしないなどといっています︒こと

に女にはそんな毒にあたって嬉しがる連中が多いと思い

ます︒たいていの女は信州の山の奥で育った田舎者です︒

鮪を食ってピリヽときて︑顔がポーとしなければ魚ら

まぐろ

しく思わないようですな︒

こんななかに﹁縁﹂のような作者のいるのははなはだ

たのもしい気がします︒これをたのもしがって歓迎する

ものはホトトギスだけだろうと思います︒それだからホ

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トトギスへ進上します︒

一月十八日

二月十三日︵水︶午後十一時︱十二時

本郷区駒込西片

町十番地ろノ七号より

牛込区市谷薬王寺前町二十番地早

稲田文学社内片上伸へ

拝啓

今年に至り第一に早稲田文学へ小説を寄稿する

お約束のところ︑昨年末より臨時の用事でき目下毎日そ

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のはうにて持て余しをり候ふゆゑ肝心のお約束も至急

さふら

と申すわけに相成りかね候につき当分のあひだ御容赦に

あづかりたし︒まづは右用事まで相述べ候︑艸々頓首

二月十三日

夏目金之助

片上伸様

野分の評面白く拝見いたし候︒わる口のところだいぶ

異存これあり候へども批評として例のごとく体を得たる

点において大いにうれしく存じ候︒

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三月四日︵月︶午前十時︱十一時

本郷区駒込西片町十

番地ろノ七号より

牛込区早稲田鶴巻町一番地坂元︵当時

白仁︶三郎ヘ

拝啓

先日は御来駕失敬いたし候︒その節のお話の義

ごらいが

はとくと考へたくと存じ候ところ非常に多忙にていまが

なんとも決せざるうち大学より英文学の講座担任の相談

これあり候︒よってそのはうは朝日のはう落着まで待っ

てもらひおき候︒しかして小生は今二三週間の後には

少々余裕ができる見込みゆゑ︑その節は場合によりては

池辺氏と直接にお目にかゝり御相談を遂げたしと存じ

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侯︒しかしそのまへに考への材料として今少し委細のこ

とを承はりおきたしと存じ候︒

うけたま

一手当のこと

その高は先日の仰のとほりにて増減

てあて

おほせ

はできぬものと承知して可なるや︒

それから手当の保証

これはむやみに免職にならぬと

か︑池辺氏のみならず社主の村山氏が保証してくれると

かいふこと︒

何年務めれば官吏でいふ恩給といふやうなものが出る

にや︑さうしてその高は月給の何分一に当るや︒

小生が新聞に入れば生活が一変するわけなり︒失敗す

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るも再び教育界へもどらざる覚悟なればそれ相応なる安

全なる見込みなければちょっと動きがたきゆゑ下品を顧

みず金のことを伺ひ候︒

次には仕事のことなり︒新聞の小説は一回︵年に︶と

して何月くらゐつゞくものをかくにや︒それから売捌

うりさばき

のはうからいろ

くな苦情が出ても構はぬにや︒小生の

小説はたうてい今日の新聞には不向と思ふ︒それでも差

ふむき

し支なきや︒もっとも十年後にはあるひはよろしかる

つかへ

べきやもしれず︒しかしそのうちには漱石も今のやうに

流行せぬやうになるかもしれず︒それでも差支なきや︒

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小説以外にかくべき事項は小生の随意として約どのく

らゐの量を一週何曰くらゐかくべきか︒

それから学校をやめることはもちろんなれども論説と

か小説とかを雑誌で依頼された時は今日のごとく随意に

執筆してしかるべきや︒

それから朝日に出た小説やらその他は書物と纏めて小

まと

生の版権にて出版することを許さるるや︒

小生はある意味におて大学を好まぬものに候︒しかし

ある意味にては隠居のやうな教授生活を愛し候︒このゆ

ゑに多少躊躇いたし候︒御迷惑とは存じ候へどお序の

ついで

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節以上の件々お聞き合はせおきくだされたく侯︒もっと

も御即答にも及ばず︒もし池辺氏に面会いたす機会もあ

らば同氏より承はりてもよろしく侯︒まづは用事のみ︒

艸々

三月四日

夏目金之助

白仁三郎様

大学を出て江湖の士となるは今まで誰もやらぬことに

候︒それゆゑちょっとやってみたく候︒これも変人たる

ゆゑんかと存じ候︒

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三月十一日︵月︶午後五時︱六時

本郷区駒込西片町十

番地ろノ七号より

牛込区早稲田鶴巻町一番地坂元三郎へ

拝啓

先日お話の朝日入社の件につき多忙中まだ熟考

せざれども大約左のごとき申し出を許可相成り候へば進

んで池辺氏と会見いたしたしと存じ候︒

そろ

一小生の文学的作物はいっさいを挙げて朝日新聞に掲

載すること︒

一だゞしその分量と種類と長短と時日の割合は小生の

随意たること︒換言すれば小生は一年間にできうるかぎ

り感興に応じまた思索の暇を見出してすべてを朝日新聞

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にいたすこと︒たゞしもとより文学的の述作ゆゑに器械

的に時間を限るあたはず︒小説などにても回数を受合ふ

わけにゆかず︒時には長くなりまた短かくなり︑または

一週に何度もかきまたは一月に一二度しか書かぬことあ

るべし︒しかして小生のやりうる程度は自己にも分らぬ

ゆゑ︑まづ去年中に小生がなしえたる仕事をもって目安

とせば大差なからんかと存じ候︒もっとも去年の仕事は

学校へ出たうへのことゆゑ専門に述作に従事せば︑ある

ひは量において多少の増加を見るに至るべきかなれど︑

まづ標準はあのくらゐとお考へありたし︒しかして小生

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の仕事の過半はむろん美文ことに小説にあらはるべきか

と存じ候︒︵あるひは長きものを一回にて御免蒙るか

かうむ

または坊っちゃんのやうなものを二三編かくかその辺は

小生の随意とせられたし︶

一報酬はお申出のとほり月二百円にてよろしく候︒

たゞし他の社員並に盆暮の賞与は頂戴いたし候︒これは

なみ

双方合して月々の手宛の四倍︵?わからず︶くらゐの割

にて予算を立てたしと存じ候︒

一もし文学的作物にて他の雑誌に已むを得ず掲載の場

合にはその都度朝日社の許可を得べく候︒︵これは事実

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としてほとんどなきことと存じ候︒すでに御許容のホト

トギスといへども入社以後はめったに執筆はせぬ覚悟に

候︶一

たゞしまったく非文学的ならぬもの︵誰が見ても︶

たれ

あるひは二三頁の端もの︑もしくは新聞に不向なる学説

の論文等は無断にて適当なところに掲載の自由を得たし

と存じ候︒

一小生の位地の安全を池辺氏および社主より正式に保

証せられたきこと︒これも念のために侯︒大学教授はす

こぶる手堅く安全のものに候ゆゑ小生が大学を出るには

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大学ほどの安全なることを希望いたすわけに侯︒池辺君

はもとより紳士なるゆゑ間違なきはもちろんなれども万

一同君が退社せらるる時は社主よりほかに条件を満足に

履行してくれるものなくまた当方より履行を要求するあ

てもこれなきにつき池辺君のみならず社主との契約を希

望いたし候︒

必竟ずるに一たび大学を出でて野の人となる以上は

ひつきよう

再び教師などにはならぬ考ゆゑにいろ

くな面倒なこと

を申し候︒なほ熟考せばこの他にも条件が出るやもしれ

ず︒出たらば出た時に申し上げ候がまづこれだけを参考

Page 38: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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までに先方へちょっと御通知おきくだされたく候︒まづ

は右用事まで︒何々頓首

三月十一日

夏目金之助

白仁三郎様

三月二十二日︵金︶午後五時︱六時

本郷区駒込西片町

十番地ろノ七号より

牛込区市谷薬王立間町二十番地早稲

田文学社内片上伸へ

拝啓

かねて御約束の早稲田文学へ寄稿の件︑荏苒遅

じんぜん

Page 39: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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延し申し訳これなく候︒しかるところ今般ある事情にて

そろ

教員生活をやめ新聞にはひることと相成り候につきては

いっさいの文学的作物はそのはうへ回さればならぬ義務

を生じ候︒よってはなはだ申し訳なき次第ながら御約束

を履行する運びに至りかね候︒右あしからずおゆるしく

だされたし︒まづは右お申し訳かた

ぐお断わりまで︒

艸々頓首三

月二十二日

夏目金之助

片上伸様

Page 40: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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三月二十三日︵土︶午後零時︱一時

本郷区駒込西片町

十番地ろノ七号より

府下巣鴨町上駒込三百八十八番地内

海方野上豊一郎へ

お手紙拝見︒小生が大学を退くについて御懇篤なるお

言葉をうけ慚愧の至に候︒僕の講義でインスパヤーさ

ざんき

いたり

れたとあるのははなはだ本懐の至り︑講座に上るものの

のぼ

名誉これにすぎずと存じ候︒世の中はみな博士とか教授

とかをさも難有きもののやうに申しをり侯︒小生にも教

ありがた

授になれと申し候︒教授になって席末に列するの名誉な

るは言ふまでもなく候︒教授は皆エラキ男のみと存じ候︒

Page 41: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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しかしエラカラざる僕のごときはほとんど彼等の末席に

さへ列するの資格なかるべきかと存じ︑思ひ切って野に

下り候︒生涯はたゞ運命を頼むより致し方なく前途は惨

憺たるものに候︒それにもかゝはらず大学に嚙み付いて

黄色になったノートを繰り返すよりも人間として殊勝な

らんかと存じ候︒小生向後なにをやるやらなにができる

やら自分にも分らず︒たゞやるだけやるのみに候︒頻年

大学生の意気妙に衰へて俗に赴くやう見うけられ候︒大

学は月給とりをこしらへてそれで威張ってゐるところの

やうに感ぜられ候︒月給は必要に候へども月給以外にな

Page 42: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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にもなきものどもごろ

くして毎年赤門を出で来るは教

授連の名誉これにすぎずと存じ侯︒彼等はそれで得意に

候︒小生は頃日へーゲルがベルリン大学で開講せし当時

けいじつ

の情況を読んで大いに感心いたし候︒彼の眼中は真理あ

るのみにて聴講者もまた真理を目的にして参り候︒月給

をあてにしたり権門からよめを貰ふやうな考で聴講せる

ものはなき様子に候︒呵々

京へは参り候︒京の人形御所望なればお見やげに買っ

てまゐるべく候︒どんなのが京人形やら実は知らぬにて

候︒京都には狩野といふ友人これあり候︒あれは学長な

かのう

Page 43: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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れども学長や教授や博士などよりも種類の違うたエライ

人に候︒あの人に逢ふために候︒わざ

く京へ参り候︒

一力はいかが相成るやわかりかね候︒大坂へも参りて新

いちりき

聞社の人々と近付になるつもりに候︒昨夜はおそく相成

ちかづき

り︑今日はひる寐をして暮し候︒学校をやめたら気が楽

になり候︒春雨は心地よく候︒以上

三月二十三日

夏目金之助

野上豊一郎様

Page 44: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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三月三十一日︵日︶午後四時︱五時

京都市外下加茂村

二十四番地狩野亨吉内より

麹町区富士見町四丁目八番地

高浜清へ

拝啓

京都へ参り候︒所々をぶらつき候︒枳殻邸とか

きこく

申すものを見たく候︒句仏へ御紹介を願はれまじくや︒

頓首

三月三十一日

虚子先生

Page 45: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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三月三十一日︵日︶午後四時︱五時

京都市外下加茂村

二十四番地狩野亨吉内より

本郷区駒込西片町十番地ろノ

七号夏目内小宮豊隆へ

︹封筒の表に﹁東京本郷西片町十

ロノ七夏目金之助様方執事御中﹂とあり裏の署名には﹁葦

わけ人﹂とあり︺

京都は寒く候︒加茂の社はなほ寒く候︒糺の森のな

やしろ

たゞす

もり

かに寐る人は夢まで寒く候︒

春寒く社頭に鶴を夢みけり

高野川鴨川ともに磧のみに候︒

かはら

布さらす磧わたるや春の風

ぬの

Page 46: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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詩仙堂は妙な所に候︒銀閣寺の砂なんど乙なものに候︒

おつ

智恩院はよき所に候︒祇園の公園は俗に候︒清水も俗に

候︒見

る所は多く候︒

時は足らず侯︒

便通はこれなく候︒

胃は痛み候︒

以上

三月三十一日

Page 47: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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四月十二日︵金︶本郷区駒込西片町十番地ろノ七号より

牛込区早稲田鶴巻町一番地坂元︵当時白仁︶三郎へ

拝啓

朝日新聞入社についてはいろ

く御厚志を蒙り

御心切の段深く鳴謝奉り候︒

その後池辺と相談︑ほゞ調ひたるうへ去月二十八日

とゝの

京都表へまかり越し︑それより大阪朝日の鳥居氏に面

おもて

会のうへつひに大阪に赴き社主および幹部の人々と大阪

ホテルにて会食の後翌日再び京都へ立ちもどり昨十一日

まで処々見物のうへ今十二日帰京いたし候︒今回のこと

はもと大阪鳥居氏の発意に出で︑それより東京にて大兄

Page 48: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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の奔走にて三分二以上成就いたし候ことと信じをり候︒

お礼のためまかり出でべきのところそこは例のとほりの

無精にて手紙をもって代理といたし候︒まづは右お礼か

たがた成行御報まで︒いづれそのうち拝眉の節万縷申し

ばんる

述ぶべく候︒以上

四月十二日

夏目金之助

白仁三郎様

Page 49: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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四月十九日︵金︶午後一時︱二時

本郷区駒込西片町十

番地ろノ七号より

麹町区富士見町四丁目八番地高浜清へ

拝啓

もしや西京よりお帰りにやと存じ一書奉呈いた

し候︒近ごろ高等学校二部三年生にて美文をつくりこれ

そろ

をホトトギスへ紹介してくれといふ人これあり︒一応披

見いたし候ところなか

く面白く小生は感服いたし候︒

毎度ながら貴紙上を拝借いたしたしと存じ候がいかがに

や来月分に間に合へば好都合と存じ侯︒

京の都踊万屋面白く拝見︑一力における漱石はつひ

みやこをどりよろづや

いちりき

に出ぬやうに存じ候︒少々お恨みに存じ候︒漱石が大い

Page 50: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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に婆さんと若いのと小供のとあらゆる芸妓にもてた小説

でも写生文でもお書きくだされたしと存じ候︒近来の漱

石は色のできぬ男のやうに世間から誤解いたされをり大

いに残念に候︒以上

四月十九日

庵座側

Page 51: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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四月二十四日︵水︶午後八時︱九時

本郷区駒込西片町

十番地ろノ七号より

府下巣鴨町上駒込三百八十八番地内

海方野上豊一郎へ︹はがき︺

小説の批評は君のよし︑僕は四月の小説を読んでおら

んから是非はいっこう分らん︒悪口の程度はあのくらい

でたくさんと思う︒僕少々小説をよんでこれから小説を

作らんとするところなり︒いよ

く人工的インスピレー

ション製造に取りかゝる︒

花食まば鶯の糞も赤からん

ふん

Page 52: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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五月四日︵土︶午後零時︱一時

本郷区駒込西片町十番

地ろノ七号より

麹町区富士見町四丁目八番地高浜清へ

︹はがき︺

七夕さまをよんでみました︒あれはたいへんな傑作で

す︒原稿料を奮発なさい︒先だってのは安すぎる︒

せん

五月二十七日︵月︶午前九時︱十時

本郷区駒込西片町

十番地ろノ七号より

府下大森八景坂上杉村内中村蓊へ

今日は上野をぬけ浅草の妙な所へ散歩したらつい吉原

Page 53: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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のそばへでたから︑ちょうど吉原神社の祭礼を機として

白昼郭内を逍遥してみたが娼妓に出逢うことしきりな

くるわない

り︒いずれも人間のごとき顔色なく悲酸の極なり︒帰り

がけにある引手茶屋の前に人が黒山のごとく寄っている

ので覗いてみたら祭礼のため芸者がテコ舞姿で立ってい

た︒それが非常に美しくて人形かと思っていたら︑ふい

と顔を上げたのでやはり生きていると気がついた︒

それから橋場の渡しを渡って向島へ行ったら藤棚があ

はしば

ってその下の床几に毛布が敷いてあったから︑そこで上

野から買って行った鯛飯を食って昼寐をして︑うちへ帰

Page 54: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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ったら君の長い手紙が来ていた︒

あの手紙をよんでいつぞや君が僕の文学論の序に同情

してくれたことを思い出してなるほどとその意味が分っ

た︒僕はあんな序をかくっもりではなかったがある事情

で書くことに決心してしまった︒あれに対して同情して

くれる君はおそらく僕よりも不愉快な境遇であったかも

しれない︒君の手紙で君の家のことなども判然してみる

とかえって僕のほうから同情を寄せねばならんと思う︒

はなはだお気の毒である︒しかし世の中にはまだ

く苦

しい連中がたくさんあるだろうと思う︒おれは男だと思

Page 55: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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うとたいてぃなことは凌げるものであるのみならず︑か

えって困難が愉快になる︒君などもこれからが事を成す

大事の時機である︒僕のように肝心の歳月をいも虫のよ

うにごろ

くして過ごしてはたいへんである︒大いに勇

猛心を起して進まなければならない︒などと講釈をいう

のは野暮の至である︒世の中は苦にするとなんでも苦

いたり

になる︒苦にせぬとたいがいなことは平気でいられる︒

また平気でなくては二十世紀に生存はできん︒君も平気

に大森から大学へ通っているがよかろうと思う︒

君が中川の序文を訂正したのを見た︒学生が最後の所

Page 56: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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を読んで痛快だというた︒中川は必ずしも傲慢不遜とい

ごうまんふそん

う男ではないのだろう︒たゞ日本文をかきつけないから︑

あんなものができたのだろう︒僕は序に対しては君ほど

苛酷な考は持っておらん︒右御返事まで︒匆々

五月二十六日夜

夏目金之助

中村蓊様

将来君の一身上につき僕のできることならばなんでも

相談になるから遠慮なく持ってきたまえ︒もっとも僕の

できる範囲はきわめて狭いものである︒

Page 57: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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五月二十八日︵火︶本郷区駒込西片町十番地ろノ七号よ

京橋区滝山町四番地東京朝日新聞社内渋川柳次郎へ

拝啓

また手紙を差し上げます︒わが朝日新聞におい

て社員諸君は所得税に対していかなる態度を取られます

か︒社のほうではいち

く税務署のほうへ生等の所得高

を通知されますか︒または税務署のほうから照会または

検査に参りますか︒所得の申告をしろと催促状が来まし

たからちょっと参考に伺いたいと思います︒それからあ

なたはどういうふうになさいますか︒お役人をやめられ

てからはじめての所得申告という点が小生とちょっと似

Page 58: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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ていますからこれも参考にちょっと聴かしてくださいま

せんか︒いろ

く御面倒を願って済みません︒以上

五月二十八日

玄耳先生

五月二十九日︵水︶本郷区駒込西片町十番地ろノ七号よ

本郷区駒込西片町十番地反省社内滝田哲太郎へ

御手紙拝見︒実は昨日金尾が来て十八世紀文学出版の

礼をいうて滝田君が野上さんといっしょにやりたいとい

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いますがどうでしょうというから︑それもよかろうとい

うたら立派なものができますかと聞いたからそれは受合

えない︑自分のものは自分がやるよりほかにうまくでき

るはずがない︑ことに二人や三人でやってはかえってい

けまいというた︒それからなるべくは一人でやるがいゝ

だろうと付加した︒すると金尾のいうには滝田君はとて

も一人ではできますまいというた︒僕答えて滝田君は文

章は達者だが専門が法律家だからあの講義のうちのある

ところは面倒かもしれないと答えた︒それではほかに人

はありませんかときいたから︑人はいくらでもあるが︑

Page 60: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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滝田君が持って帰ったものだから︑まあ滝田君に相談し

てみたらよかろう︑滝田が進んでやるのが面倒ならば森

田にでも頼んだらやってくれるだろうというた︒話はそ

れぎりで分れた︒金尾はもう出版するつもりで広告など

のことまでいうて帰った︒

僕は君が十八世紀文学を書き直すについてどのくらい

の興味を有しているか知らぬ︒またそれを家計上のたす

けにする必要あってのこととも知らぬ︒それゆえ以上の

ごとき返事をしておいた︒君と金尾のあいだの面白くな

いこともまったく知らなかった︒金尾はそのことについ

Page 61: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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て一言もいわなかった︒

右の訳である以上はたとい金尾から十八世紀を出すに

しても君がやらなくては少し君として面白くないことに

なるだろう︒金尾からもし君のところへ相談にきたら夏

目さんと相談したうえ返事をするといって帰したまえ︒

右の出版に関しては君の都合のいゝようまた僕の都合

のいゝように相談をするから︑できるなら木曜に来てく

れたまえ︒もっともいそぐことでないから君さえよけれ

ばいつでもよろしい︒金尾のほうへは適当な人を見付け

るまでは広告その他見合せるようにいうてやる︒

Page 62: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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金尾と君の関係は僕が口を出してよいかどうか分らな

い︒君を無報酬で使うつもりでもないだろう︒君が関係

をつける時に月々の報酬をどのくらいときめて︑それを

払わぬなら不都合の至である︒

いたり

君の一分が立つように金尾にこうつけ加えてやる︒﹁十

いちぶん

八世紀文学は滝田君との関係上から同君に対する好意上

許諾をしたものだから向後の談判は出版の手続に至るま

で契約書をとり更すまではすべて同君を経て御協議を経

かわ

たく候﹂

そろ

委細は御面語のうえ︒虞美人草は広告だけでいっこう

Page 63: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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要領を得ない︒人がくる︑用事ができる︒どんな虞美人

草ができることやら思えばのんき至極のものなり︒匆々

不一

五月二十九日

夏目金之助

追白

手許に十円ばかりあり︒御不如意のよしなれば

失礼ながら用を弁ぜられたし︒御返済は卒業して金がウ

ナルほどできた時でよろし︒御母上の御病気御大事と存

じ候︒試験にはぜひとも及第するほどに勉強なさるべく

候︒

Page 64: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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五月二十九日︵水︶本郷区駒込西片町十番地ろノ七号よ

京橋区滝山町四番地東京朝日新聞社内渋川柳次郎へ

拝啓

驩迎会につきお叱りは恐れ入りました︒面会日

かんげいかい

しか

と知らずに受けやったのがわるいのだからなるべく出席

つかまつることにいたします︒実は面会日に来客を謝絶

すると面会日以外に来た人を謝絶する口実を失うのが苦

しいのです︒入杜以後ひまになったと心得てむやみにか

ってにやって来て小説をかくどころの騒ぎじゃありませ

んからいよ

く面会日を励行しょうと思うやさきだか

Page 65: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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ら︑まずもって自分のほうから面会日だけは守ろうとい

う利己主義から出立した義理を立てようと思ったのであ

ります︒それでお叱りを頂戴いたしてどうもすみません︒

あんまり叱ると虞美人草が飛んでしまいそうです︒

次に所得税のことをお聞き合せくだされましてお手数

あわ

の段どうも難有存じます︒実はあれもほかの社員なみ

ありがとう

にズルク構えてなるべく少ない税を払う目算をもって伺

ったわけであります︒実は今日まで教師として十分正直

に所得税を払ったやら当分所得税の休養を仕るか︑さ

つかまつ

もなくばあまり繁劇なる払い方を遠慮するつもりであり

Page 66: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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ました︒しかるところ公明正大に些々たる所得税のごと

き云々と一喝されたために蒼くなって急に貴意に従って

うんぬん

真直に届け出でる気に相成りました御安心被さい︒毎日

まつすぐ

入らぬ手紙ばかり書いています︒頓首

五月二十九日

渋川先生

五月三十日︵木︶午後四時︱五時

本郷区駒込西片町十

番地ろノ七号より

京都市外下加茂村二十四番地狩野亨吉

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方菅虎雄へ﹇はがき﹈

文学論ができたから約束により一部送る︒校正者の不

埓なため誤字誤植雲のごとく雨のごとく癇癪が起ってし

ようがない︒できれば印刷した千部を庭へ積んで火をつ

けて焚いてしまいたい︒

や六月四日︵火︶午後五時︱六時

本郷区駒込西片町十番

地ろノ七号より

本郷区森川町一番地小吉館小宮豊隆へ

︹はがき︺

Page 68: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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今日からいよ

く虞美人草の製造にとりかゝる︒なん

だかいゝ加減なことをかいてゆくと面白い︒

おもしろ

僕の顔を高等官一等とは恐れ入った︒どうか猫をかく

ような顔付に生れたいものだ︒金子堅太郎君は親任官で

かおつき

あったかな︑君︒金堅君を下ること一等の顔になっちま

った︒ほめられたって感謝はできない︒

Page 69: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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六月七日︵金︶午前十時︱十一時本郷区駒込西片町十番

地ろノ七号より

京橋区滝山町四番地東京朝日新聞社内渋

川柳次郎へ

拝啓

虞美人草についての御返事承知いたし候︒かき

かけるとお産がありましてね︒お医者がくる︒細君がう

なる︒それやこれやでようやく一編だけしかかきません︒

実のところはなるべく早くかいて安心してしまいたいと

思うのですが︑それが困難らしいからなるべく南翠先生

の長からんことを希望しています︒大阪のほうでは読売

へ大きな広告を出しましたね︒あれでぐっと恐縮してし

Page 70: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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まいました︒三越呉服店にも譲らざる大広告ですよ︒

そこで虞美人草の原稿をもらいたいという物数奇な人

ものず

間が出て来たのですが︑社のほうでは返してくれますか︒

もし返せないならこの男が自分で写して︑写した分を差

し上げることにしたいと申します︒ちょっと御返事を願

います︒

それから昨日端書投書についていろ

くなことをきき

はがき

ました︒文士仲間では人の作を悪口したり︑自分の作を

ほめたりする投書をよくやるそうです︒ことに自分があ

る新聞のつゞきものを受合いたい時は今出ている小説を

Page 71: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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長すぎるとか︑早くやめろとかいう投書を続々出すそう

です︒これくらいのことがないにしても一人の作略で日

に何枚でも善悪の投書はできます︒だから向後投書に対

しては賛否両様ともあまり重を置かぬほうがよかろう

おもき

と思います︒まずは用事まで申上ます

以上

六日八日

渋川先生

Page 72: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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六月十七日︵月︶午後八時︱九時

本郷区駒込西片町十

番地ろノ七号より

麻布区笄町柳原邸内松根豊次郎へ

御手紙拝見

長い手紙をかく余裕がない︒毎日虞美人

草のことばかり考えている︒今日社から原稿をとりにく

きよう

る︒九十七枚わたした︒

せっかく苦心してかいたところもあとから読み直すと

なんだこんなものかと思うこと多し︒つまらない︒当分

は君にも逢えない︒リースの子が僕の作物をよんでくれ

るのは難有い︒僕の妻なんかてんで僕の作には手をつけ

ない︒どうも婦人には苦手のようだ︒紫影先生原稿出版

Page 73: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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の義お断わりの趣承知︒不得已ことと思う︒その旨先方

やむをえぬ

へ通知いたすべし︒赤ん坊はなか

く大きいよし︒むや

みに大小児を生んで国家に貢献するところもなく心細い

ことなり︒

まずは用事のみ︒草々

六月十七日夕

豊次郎様

Page 74: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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六月二十一日︵金︶午前九時︱十時

本郷区駒込西片町

十番地ろノ七号より

本郷区丸山福山町四番地伊藤はる方

森田米松へ

御手紙拝見︒

君はウーンといって還ってくれたからいゝが︑たいが

かえ

いはうんともなんともいわずはいって来る︒

虞美人草ができるまで謝絶と思うたがなか

く前途遼

遠いつかきおわるか分らない︒かき上げた時はさぞ愉快

だろう︒今では小説が本業だからいつまでかゝっても時

間は惜しくない︒例のとおり急行列車に乗る必要がなく

Page 75: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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なった代りに書物をよむひまがなくなるだろうと思う︒

七夕さまへ感服してくれたのはうれしい︒滝田樗陰書

を三重吉に寄せて曰く夏目先生があんなものをほめるに

いわ

至ってはいさゝか先生の審美眼を疑わざるを得ずと︒樗

陰はあれを浅薄というそうだ︒樗陰は二三日中君のとこ

ろへ来訪のはず︑よく説諭してくれたまえ︒あれは北国

で仙台鮪ばかり食っていたからそんなことをいうのだろ

せんだいずし

うと思う︒

生田先生はまさに二十円を拉し去る︒言訳に曰く︑飲

らつ

んだんではありませんと︒

Page 76: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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その他の諸君子を見ざること久し︒豊隆時々台所に来

る︒明日帰るそうなり︒昨日中村蓊来る︒写真をくれと

いって持って行く︒第二義の顔を方々へ進呈してはなは

だ不平なり︒君雲右衛門なるものを聴いたかい︒

くも

もん

六月二十一日

米松先生

六月二十一日︵金︶午後︵以下不明︶本郷区駒込西片町

十番地ろノ七号より

本郷区駒込千駄木町二百三十八番地

Page 77: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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幸川方鈴木三重吉へ

本日虞美人草休業︒肝癪が起ると妻君と下女の頭を

かんしやく

正宗の名刀でスパリと斬ってやりたい︒しかし僕が切腹

をしなければならないからまず我慢する︒そうすると胃

がわるくなって便秘して不愉快でたまらない︒僕の妻は

なんだか人間のような心持ちがしない︒

こころも

中学世界での評なんかはどうでもよし︒知人を雇うて

方々の雑誌に称賛の端書を送ったらよかろうと思う︒

六月二十一日

三重吉様

Page 78: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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六月二十四日︵月︶午後六時︱七時

本郷区駒込西片町

十番地ろノ七号より

本郷区駒込千駄木町二百三十八番地

幸川方鈴木三重吉へ

拝啓

ちょっとお願ができた︒また面倒な例の文学

ねがい

論のことだが︒あのなかに肯定と否定の問違が四五か所

あって普通の誤植とは思えぬほど念の入ったものである

により︑大倉をもって秀英舎へ掛合ったところ︑秀英舎

は責任なしと威張っているよし︒僕よってこれを朝日新

聞紙上において筆誅せんと欲するについては例の虞美人

Page 79: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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草祟りをなして筆を執ること面倒なり︒どうか君僕の代

りに書いてくれたまえ︒間違の個所は僕のところにわか

っているからついでに来て見てくれたまえ︒お願頓首

二十四日

三重吉様

六月二十九日︵土︶午前八時︱九時

本郷区駒込西片町

十番地ろノ七号より

小石川区原町十番地寺田寅彦へ︹は

がき︺

Page 80: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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晩はたいてい散歩︒それからは日によると休業︒もっ

とも日中でも頭と相談のうえ時々休業つかまつり候︒だ

そろ

んだん暑くなると小説をかくのが厭になる︒

六月二十九日

先だっては奥さんがわざ

く難有う︒ついお礼を忘れ

せん

ていた︒

七月三日︵水︶午前十時︱十一時本郷区駒込西片町十番

地ろノ七号より

福岡県京都郡犀川村小宮豊隆へ

Page 81: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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昨日君の長信が来た︒ひさ

ぐで国へ帰って大持ての

こと︑羨望々々︒途上の絵端書はいち

く落手多謝︒今

ごろは九州はさぞ暑いことだろうと思う︒西片町もなか

なかあつくなった︒蚊帳をつる︒大きな蚊帳で一人で寐

るのは勿体ない︒来客謝絶にもかゝわらず時々御来臨︒

もつたい

臼川︑三重吉︑諸先生健在︑朝日へなにかかくなら書か

ぬか︒

御母さんとお婆さんの御機嫌をとって大事にせんとわ

おかあ

るい︒後世が大事だ︒冥罰がおそろしい︒僕漫然たり︒

みようばつ

臼川天竺牡丹なるものをくれる︒文学論二版お蔭にて出

てんじくぼたん

Page 82: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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来謝︒十八世紀は樗陰森田両君に依頼することとなれり︒

坪内先生来訪早稲田へこいとの相談である︒評判によれ

ば慶応義塾へも行くそうだ︒近々一万円で家を建てるそ

うだ︒小供がシツをかいて困る︒中央公論を約束したが

まだ見ない︒広告には筑水君の﹁文学論に因みて﹂が出

ちな

ていない︒あるいは送らんで済むかもしれぬ︒竹風君の

評は新小説に出た︒これはそちらで買えるだろうから送

らない︒小説はなかなか進行しない︒暑いと中止したく

なる︒

君の手紙は色女が色男へよこすようだ︒見ともない︒

Page 83: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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男はあんな愚なことで二十行も三十行もつぶすものじゃ

ない︒

久しく靴屋の娘を見ず︒あれはめかけのよし︒これか

らまた虞美人草をかく︒

七月三日朝九時

七月八日︵月︶午前九時︱十時

本郷区駒込西片町十番

地ろノ七号より

府下巣鴨町上駒込三百八十八番地内海方

Page 84: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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野上豊一郎へ﹇はがき﹈

近ごろの読売に君のことがよく出るね︒御用心︒虞美

人草の御批評拝受︒善くても悪くてもほんとうに読んで

くれれば結構︒僕ハウチノモノガ読マヌウチニ切抜帳へ

張込ンデシマウ︒ワカラナイ人ニ読ンモラウノガイヤダ

カラデアル︒

七月十二日︵金︶午前九時︱十時

本郷区駒込西片町十

番地ろノ七号より

牛込区早稲田鶴巻町一番地坂元︵当時

Page 85: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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白仁︶三郎へ

拝啓

京都よりお帰りのよし︑毎日出社御精勤のこと

と存じ候︒小生一昨十日総務局より臨時賞与として五十

円貰えり︒さだめて入社当時に話のあった盆暮の賞与の

意味なるべし︒それならばだいぶ話が違う︒はじめ君の

周旋の時は一年二期に給料の二か月分ずつくらいという

ことであった︒その後いよ

くとなったら弓削田氏より

君への返事に言うところはまず一か月くらいとのことで

あった︒僕が池辺氏にあって最低額は一か月分と定めて

差し支なきやと質したる時氏はしかりと答えられた︒

たゞ

Page 86: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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僕は賞与がなくともその日には困らぬ︒また実際アテ

にもするほどの自覚もない︒しかし貰ってみるといやで

ある︒金の多少でいやというより池辺︑弓削田両君のご

とき君子人が当初の条件を守られぬということがいやで

ある︒

入社の日が浅いから今年は出さぬというたら弁解にな

る︒同上の理由で今年は少ないというならもっともであ

る︒以

上の理由は誰からもきかぬ︒たゞ一人で︑しか解釈

すべきものか︒

Page 87: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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受取った五十円は難有く頂戴する︒返却はつかまつら

ありがた

ぬ︒不足だからもっとよけいくれともいわぬ︒たゞ事実

は条件を無視してしかも一言の弁解も伴うておらんとい

うことを︑入社の周旋をしてくれた君に参考のため申し

送る︒

池辺弓削田両氏は君子人なればこの辺の消息は知らぬ

ことなるべし︒知っても当初のことは忘れたるなるべし︒

いずれにても故意ならぬ所作ならば介意するに及ばず︒

ついでの節両君の存意を確められたし︒

たしか

Page 88: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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小生が朝日に対してなしうることは微少なり︒五十円

にも当らず︒たゞそれは入社の条件とは別問題なり︒こ

れは誤解なきを祈る︒

虞美人草はまだ片付かず︒いつ果つべしとも見えざり

けり︒以上

七月十二日

夏目金之助

白仁三郎様

Page 89: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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七月十三日︵土︶午後三時︱四時

本郷区駒込西片町十

番地ろノ七号より

牛込区早稲田鶴巻町一番地坂元︵当時

白仁︶三郎へ

拝啓

御多忙のところをわざ

く池辺氏をお尋ね御返

事をお聞きくだされて難有く侯︒

そろ

お申越の理由詳細判然承知いたし候︒

まうしこし

六ケ月以内のものが貰はぬが原則ならば小生の貰ふた

のが異数なるべし︒深く池辺氏の御注意を謝す︒

池辺君に御面会の節は小生が御もっともと納得したる

うへ同君の御好意を感謝しつゝある旨を伝へられたし︒

Page 90: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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ことに君がこの件につき御奔走の労を謝す︒

医者にお通ひ中のよし︑御病気なるや︒大事にせられ

たし︒以上

七月十四日

夏目金之助

白仁三郎様

七月十六日︵火︶午前八時︱九時

本郷区駒込西片町十

番地ろノ七号より

松山市一番町十九番地池内内高浜清へ

松山へお帰りのことは新聞で見ました︒一昨日東

Page 91: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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洋城からも聞きました︒私が弓をひいた垜がまだある

あずち

のを聞いて今昔の感に堪えん︒なんだかもう一遍行きた

い気がする︒道後の温泉へもはいりたい︒あなたといっ

しょに松山で遊んでいたらさぞ呑気なことと思います︒

大内旅館についての多評は好景気のようなり︒三重吉

はたいへんほめていました︒寅彦も面白いといいました︒

そこへ東洋城が来て三人三様の解釈をして議論をしてい

ました︒小生はよくその議論をきかなかった︒小生の思

うところは︑大内旅館はあなたが今までかいたもののう

ちで別機軸だと思います︒そこがあなたには一変化だろ

Page 92: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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とと存じます︒すなわちあなたの作が普通の小説に近く

なったという意味と︑それから普通の小説として見ると

大内旅館がある点において独特の見地︵作者側︶がある

ように見えることであります︒くわしいことはもう一遍

読まねばなんともいえません︒とにかくいろ

くな生面

を持っているということはそれ自身に能力であります︒

御奮励を祈ります︒

五六日前ちょっとなにを考えたか謡をやりました︒

うたい

一昨日東洋城が来た時はめちゃめちゃに四五番謡いまし

うた

た︒ことによったら謡を再興しようと思います︒いゝ先

Page 93: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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生はないでしょうか︒人物のいゝ先生か︑芸のいゝ先生

か︑どっちでも我慢する︒両者揃えば奮発する︒虞美人

草はいやになった︒早く女を殺してしまいたい︒熱くて

うるさくって馬鹿気ている︒これはインスピレーション

の言なり︒以上

七月十七日

Page 94: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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七月十九日︵金︶午後八時︱九時

本郷区駒込西片町十

番地ろノ七号より

福岡県京都郡犀川村小宮豊隆へ

手紙が来たからちょっと返事をあげる︒東京は雨で毎

日毎日鬱陶しい︒その代りすこぶる涼しくて凌ぎいい︒

うつとう

大井川が切れて汽車が通じない︒郵便が後れることと思

う︒叡山で講話会をやるから出てくれというて来た︒た

ぶん出ないこと︒ひまができたら北の方へ行く︒三重吉

も行くという︒

虞美人草は毎日かいている︒藤尾という女にそんな同

情をもってはいけない︒あれは嫌な女だ︒詩的であるが

Page 95: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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大人しくない︒徳義心が欠乏した女である︒あいつを仕舞

しまい

に殺すのが一編の主意である︒うまく殺せなければ助け

てやる︒しかし助かればなお

く藤尾たるものは駄目な

人間になる︒最後に哲学をつける︒この哲学は一つのセ

オリーである︒僕はこのセオリーを説明するために全編

をかいているのである︒だから決してあんな女をいゝと

思っちゃいけない︒小夜子という女のほうがいくら可憐

だか分りゃしない︒

︱虞美人草はこれでお仕舞︒

金子筑水の議論は念の入ったものではない︒昨日上田

柳村君が来て文学論について云々して去った︒大塚は真

Page 96: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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面目に読んでくれて批評をしにやってきた︒博覧会へ行

ってw

ater

シュートへ乗ろうと思うがまだ乗らない︒伏

見の宮さまが英国で大歓迎だという話である︒僕は英国

が大嫌い︑あんな不心得な国民は世界にない︒英語でめ

しを食っているうちは残念でたまらなかったが昨今の職

業はようやく英語を離れて晴々した︒ところが早稲田と

慶応義塾で教師になれというてきた︒食えなければ狗に

いぬ

でもなる︒英語を教えるのはワン

くと鳴くくらいな程

度であるからいざとなればやるつもりであるが︑虞美人

草の命があるうちはまず御免蒙る︒朝鮮の王様が譲位

こうむ

Page 97: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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になった︒日本からいえばこんな目出度ことはない︒も

でたい

っと強硬にやってもいゝところである︒しかし朝鮮の王

様は非常に気の毒なものだ︒世の中に朝鮮の王様に同情

しているものは僕ばかりだろう︒あれで朝鮮が滅亡する

端緒を開いては祖先へ申訳がない︒実に気の毒だ︒朝日

新聞の湯島近辺というのを読んでごらん︒ああいう小説

もかいて好いというお許しが出ると小説家の気も大きく

なる︒僕もまだ二三十年は英語を教えないでどうかこう

か飯が食えそうだ︒

悪縁で英語を習いだしたがこれからなるべく英語を倹

Page 98: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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約してドイツと仏語にしたいと思う︒まずドイツを君に

教わりたい︒夏休み以後は少しやってくれたまえ︒以上

七月十九日

七月二十日︵土︶午前十時︱十一時

本郷区駒込西片町

十番地ろノ七号より

本郷区駒込千駄木町二百三十八番地

幸川方鈴木三重吉へ

君はなにを思ったか深夜頓首して手紙をよこした︒そ

とんしゆ

Page 99: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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うして内容は僕に会った時と別に変ったことが書いてな

い︒妙だよ︒豊隆子が長い手紙をよこした︒米を売って

しまえといって婆さんに叱られたとある︒そのくせ婆さ

んから相談を受けたのだそうだ︒これはいよ

く妙だよ︒

小説はなか

く気が長いから僕も困る︑君も困る︒八月

になったらさっそく出掛たまえ︒僕もしできうべくんば

君のいる所へ回って行く︒しからずんばなんでもどっか

で待ち合せる︒しからずんば僕がどうしても東京を出ら

れなくなって君は一つ所にぶら下がる︒これは大いに気

の毒だが︑今日の形勢を案ずるにあるいは西片町を去る

Page 100: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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ことができぬかもしれない︒なにしろ急行小説はやめた

んだから︒だら

く虞美人でいつまで引張られるか自分

ひつぱ

にも見当がっかない︒もしこうなると違約になる︒はな

はだお気の毒だ︒そうなったら二三日でもいいから君と

前約履行のかたでどっかで遊ぼう︒僕近来ズルクなって

︵広島の意味︶困る︒なんでも急がぬ方針だ︒そして方

針もなにもない︒生きていて︑食っていて︑そして漫然

たり︒以上

七月二十日

三重吉様

Page 101: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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七月二十一日︵日︶午後三時︱四時

本郷区駒込西片町

十番地ろノ七号より

府下巣鴨町上駒込三百八十八番地内

海方野上豊一郎へ︹はがき︺

今日の読売に正当防御と題して早稲田の人が君を攻撃

している︒見たまえ︒ぜんたい君はなにをかいたのか︒

なにをかいてもあんな攻撃をするのは早稲田の若イ人

ダ︒

Page 102: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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七月二十二日︵月︶午前九時︱十時

本郷区駒込西方町

十番地ろノ七号より

府下巣鴨町上駒込三百八十八番地内

海方野上豊一郎へ

拝啓

人の攻撃を攻撃しかへすときは面白半分にから

かふ時のことなり︒ひまが惜しければやるべからず︒堂々

たる攻撃は堂々たる弁駁を要す︒これは惜しい時間を割

べんばく

いてやることなり︒

僕まだ新聞雑誌に出たものに対して弁解の労をとりし

ことなし︒そんなことをするひまに次の作物か論文をか

くはうがはるかに有益なり︒

Page 103: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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あんなものに真面目に相手になるくらゐならはじめか

らあゝいふふうな評論をかかれぬがよろしからうと思

ふ︒な

にかいふことがあらば駁論とせず︑次の作物か論文

のうちに十分君の主張を述べらるべし︒それが自分は自

由の行動をとってしかもくだらぬ世評に頓着してをらぬ

ことを事実に証明するゆゑんと思ふ︒

君は文を好む︒文を好めば将来かゝる場合多かるべし︒

皆この例にならって決せられんことを希望す︒

もっとも暑中休暇ゆゑひまがあるならいたづらにいく

Page 104: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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らでも喧嘩をなさるのも一興と思ふ︒

しかし喧嘩をしだすと︑相手次第で暑中休暇後までも

やるつもりでないといけません︒途中でやめちゃいけな

い︒まあ愚になるね︒以上

七月二十一日

豊一郎様

七月二十三日︵火︶午後八時︱九時

本郷区駒込西片町

十番地ろノ七号より

芝区白金台町一丁目八十一番地野間

Page 105: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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真綱へ

暑いのに牛込まで通うのは難義だなどというのは不都

合だ︒口を糊するに足を棒にして脳を空にするのは二十

のり

世紀の常である︒不平などをいうより二十世紀を呪詛す

じゆそ

るほうがよい︒

夫婦は親しきをもって原則とし親しからざるをもって

常態とす︒君の夫婦が親しければ原則に叶ふ︒親しから

ざれば常態に合す︒いづれにしても外聞はわるいことに

あらず︒

君のことを心配したからというて感涙などを出すべか

Page 106: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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らず︒僕はむやみに感涙などを流すものを嫌ふ︒感涙な

どを云々するは新聞屋が○○の徳を賛し奉る時に用ひる

べき言語なり︒

僕は君に世話がしてあげたくても無能力である︒金は

時々人が取りに来る︒あるものは人に貸すが僕の家の通

則である︒遠慮には及ばず︒結婚の費用を皆川のやうな

貧乏人に借りるのは不都合である︒

細君は始めが大事なり︒気をつけて御したまへ︒女ほ

どいやなものはなし︒

どこかへ遊びに行きたいが虞美人草をかいてしまうま

Page 107: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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では動きたくない︒

野村にはいっこう逢わない︒毎日客がくる︒

君は気が弱くていけない︒いっしょになって泣けば際

限のない男である︒ちとしっかりしなければ駄目だよ︒

頓首

七月二十三日

七月二十六日︵金︶午後八時︱九時本郷区駒込西片町十

Page 108: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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番地ろノ七号より

千葉県海上郡高神村犬若犬若館鈴木三

重吉へ

犬若館とかいう所にお神輿をすえられたるよし︒これ

みこし

はなんでも僕が通った所らしい︒ことによると昔宿った

所かもしれぬ︒岩のなかに彫り込んだ宿屋などはすこぶ

る面白い︒

東京ははなはだ涼しい︒土用でも土用の感じがない︒

東洋城が来てとまって一日ごろついて謡を三四番歌っ

うたい

て帰って行った︒その他いろ

くな人がくる︒十八世紀

文学は金尾をやめて春陽堂にした︒昨日服部の印税未納

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をしらべたら八百円ほどある︒僕もなか

く寛大な著作

家たるに驚ろいた︒服部も通知を受けて驚いたろう︒

驚印税八百円といってすぐ持ってくればえらい︒

おどろくなかれ

あれは駆権を大倉へ譲り渡してしまうほうが得策だ︒僕

も便利だ︒

虞美人草はだら

く小説七顚八倒虞美人草と名づけて

しちてんはつとう

まだ執筆中︒

あまり潮風に吹かれると女が惚れなくなるにつきいゝ

かげんに御養生しかるべく侯︒以上

七月二十六日

夏目金之助

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鈴木三重吉様

七月三十日︵火︶午前十時︱十一時

本郷区駒込西片町

十番地ろノ七号より

千葉県海上郡高神村犬若犬若館鈴木

三重吉へ

日々御水浴結構に候︒甲野さんの日記は毫も不自

然ならず︒甲野さんの日記は京都の宿屋のところに出て

いる︒つまりそのつゞきである︒しかしてかゝる哲学者

のかいた日記をぽツ

く引き合ニ出スノハアル意味ニオ

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イテ甲野サンヲ貫ヌカシムル方便デアル︒実ハコノヤリ

ツラ

口ハ僕ノ創体デハナイ︒英ノメレディスの作にシバ

コノ手ガアル︒僕ハコレヲ踏襲シタト評サレテモ仕方ガ

ナイ︒

﹁オヤおはいり﹂という句はチットモ可笑シクハナイ︒

アレヲ可笑シガルノハ分ラナイ︒広イウチデ銘々部屋ヲ

持ッテいる︒母ノ部屋へ娘が行く︒オやおはいりヨリイ

イヨウガナイ︒シカシテもっとも母ラシイ言葉でアル︒

コノ言葉デ母ラシイトコロガタヾチニ出ル︒君ハ広島ダ

カラソウイウ意味ニ聴キ慣レテいナイノダロウ︒アレハ

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実ハ最上等ノ句ダヨ︒

ワルイトコロヲ摘発スルナラバモットコッチガ閉口ス

ルトコロガタクサンアルノニ︑アスコガ目にツクノハ可

笑イ︒

コノ小説ハノンキ小説トモ︑ダラ

く小説トモ︑マタ

ハ七顚八倒小説トモ称シテ容易ニ片ヅク景色ナシ︒シカ

シ毎日カク︒

二三日非常ニアツクナッタ︒妻君ガ六十円デ紋付ガコ

シラエタイトイウ︒君ノ前ダガソンナモノハ要ラナイヨ

ウダネ︒妻君ニシテ六十円ノ紋付ヲコシラエルナラ︑僕

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モ薩摩上布ノ上等ヲ買ッテ向ヲ張ルツモリデアル︒

中川カラアズカッテイル百円ハ利子ノ勘定やナニカ面

倒デイケナイ︒アレハ自分ノ名デ預ケ替タラヨカロウ︒

カエ

帰ッタラ君カラ話シテクレタマエ︒以上

七月三十日

三重吉様

カツアノ日記ハ母子ノ間柄ヲ裏面カラアラワスユエ甲

野サンノ日記云々トカクホウガ切実デアルノデアル︵コ

ノトコロ巽軒口調ナリ︶

ソンケンクチヨウ

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八月三日︵土︶午後八時︱九時

本郷区駒込西片町十番

地ろノ七号より

福岡県京都郡犀川村小宮豊隆へ

手紙が来た︒またなんだか長々と女性的文字がかいて

あるには恐縮したね︒今日高須賀淳平が来て小宮さんは

ことによると恋病をするといった︒気を付けないとい

こいやまい

けない︒漱石病なら心配はないがお絹病などになるとは

なはだ痛心の至だ︒僕の妻が赤門前の大道易者に僕の八

卦を見てもらったら女難があるといったそうだ︒しかも

逃れられない女難だそうだ︒早くくればいゝと思って日

夜渇望している︒大旱の雲霓を望むがごとし︒

たいかん

うんげい

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あつくてだら

くしている︒門司まで芝居を見に行く

ほうはない︒東京へ帰ってゆっくり見るものだ︒田舎へ

いなか

行ったら芝居気をすてて田舎ものになるがいゝ︒このあ

いだ印税がはいった︒君がいればなにか奢ってやろうと

思うがさいわい不在だからやめた︒文学論は三版になっ

た︒たゞし五百部︒虞美人草については世評はきかず︒

みんながむずかしいという︒すべてわからんものどもは

だまってぃれば好いと思う︒それが普通の人間である︒

よけいなことをいう奴は朝鮮国王の徒だ︒いわんや漱石

先生にいかほどの自信あるかを知らずしてみだりに褒貶

ほうへん

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上下して先生の心を動かさんとするをや︒君の前だが先

生はしかく安価なる先生ならず︒しかく安価なる作物を

作りつゝあらざるなりか︒

三重吉は洞穴生活のよし︒なにをしていることやら︒

ほらあな

帰ったらきっと漁師の神さんに惚れられたとか︑アマに

見染められたとかいうに違ない︒

森田ノ赤ン坊が死ニカヽル︒二三日なにもしないよし︒

野上が一両日前来た︒

エイ子さんのシツオイ

く本復す︒姉妹コトゴトくシ

ツカキ性なるには愛想がつきた︒エイ子さんがいちばん

あいそ

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温良でユッタリしていて好い子だ︒赤ン坊は豪傑の相が

ある︒また写真をとろうと思う︒頓首

八月三日

八月五日︵月︶午後五時︱六時

本郷区駒込西片町十番

地ろノ七号より

千葉県海上郡高神村犬若犬若館鈴木三重

吉へ

日々暑いことだ︒さて旅行の儀は延引また延行今月の

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半ごろならばと思っているが一方ではだん

く考えて

なかば

みると例の小説がどうも百回以上になりそうだ︒短かく

切り上げるのは容易だが︑自然に背くと調子がとれなく

なる︒いかに漱石が威張っても自然の法則に背くわけに

はまいらん︒したがって自然がソレ自身をコンシューム

して結末がつくまでは書かなければならない︒するとこ

とによると君と同伴行脚の栄を

うするわけにまい

かたじけの

らんかもしれぬ︒旅行も大事だが虞美人草は胃病よりも

大事だからその辺はどうか御勘弁を願いたい︒トルスト

イ︑イプセン︑ツルゲネフ︑などは怖いことさらになけ

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れどたゞ自然の法則は怖い︒もし自然の法則に背けば虞

美人草は成立せず︒したがって誰がどういってもゾラが

自然派でフローベルがなんとか派でもその他の人がなん

とかかとかいってもどうしても自然の命令に従って虞美

人草をかいてしまわねばならぬ︒万一八月下旬に自然か

らお許が出たらさっそく端書をあげる︒それまでは吉

ゆるし

原の美人でも見てインスピレーションを起していたま

え︒もし自然の進行が長引けば此年いっぱいでも原稿紙

に向っていなければならない︒あゝ苦しいかな︒

八月五日

Page 120: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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三重吉様

八月六日︵火︶午後四時︱五時

本郷区駒込西片町十番

地ろノ七号より

福岡京都郡犀川村小宮豊隆へ

豊隆先生︒僕の小説は八月末には書き上げるだろうと

思うから九月早々出て来たまえ︒旅行はたぶんやめるだ

ろう︒小説をかいてしまわないと雑誌さえ読む気になら

ん︒旅行などは来年に延ばしてしまう︒あの小説をかい

ているうちは腹のなかにカタマリがあって始終気が重

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い︒妊娠の女はこんなだろう︒

僕が洋行して帰ったらみんなが博士になれ

くといっ

た︒新聞屋になってからそんな馬鹿をいうものがなくな

って近来晴々した︒世の中の奴は常識のない奴ばかり揃

っている︒そうして人をつらまえて奇人だの変人だの常

識がないのと申す︒御難の至である︒ちと手前どもの

いたり

ことを考えたらよかろうと思うがね︒あんなお目出度奴

でたい

は夏の螢同様尻が光ってすぐ死ぬばかりだ︒そうして分

りもしないのに虞美人草の批評なんかしやがる︒虞美人

草はそんな凡人のために書いてるんじゃない︒博士以上

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の人物すなわちわが党の士のために書いているんだ︒な

あ君︒そうじゃないか︒

三重吉が下総の国で吉原の別嬪を見たという︒物騒千

べつぴん

万なことだ︒君のお絹さんと同じことだ︒

きぬ

森田の子供が死にかゝって森田先生毎日僕のところへ

病気の経過を報告にくる︒可愛らしい男であります︒火

事を出しかけて長屋の人が来て揉み消してくれたとい

う︒お蔭で五円進上せざるを得ざるの已を得ざるに至っ

やむ

たという︒惜いことなり︒

小説をかいてしまったら書物をよんで諸君子と遊ぼう

Page 123: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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と思う︒それを楽しみに筆を執る︒君謡を稽古してい

うたい

るか︒僕は近々再興するつもりだ︒いっしょに謡おう︒

今日は坐っていても汗が出る︒なか

くあついことだ︒

僕の嫌な蟬の声がする︒花壇にはまだ花が咲いている︒

きらい

不思議なものだ︒僕も小説家としてもう少しのあいだは

大丈夫だ︒博士にならなければ飯が食えないと思うもの

に好例を示してやる︒

八月六日

Page 124: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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八月八日︵木︶︵時間不明︶本郷区駒込西片町十番地ろ

ノ七号より

京橋区滝山町四番地東京朝日新聞社内渋川柳

次郎へ

拝啓

虞美人草の校正については今までいろ

く校正

者の注意により小生の間違も直していたゞいたこともあ

って大いに感謝の念に堪えんわけでありますが︑時々原

稿をわざ

くお易になったため読者から小生方へ尻が飛

かえ

かた

しり

び込むことがあります︒横川を横川と改められたのなど

よかわ

よこかわ

は一例であります︒そんなことは︑こっちの間違と差引

てこっちが得をしているくらいだからいゝですがね︒今

Page 125: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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日は少々困りますからちょっと申上ます︒

︵十︶の三

﹁もう明けて四ッヽになります﹂

、、、

というところがありますが︑あれは少々困る︒三十四︑

二十四︑四十四などを略して東京では四になったとか︑四

だとかいいますが四つになったとは申しません︒四つに

なっては藤尾が赤ん坊のようになってしまいます︒私は

判然﹁四になります﹂と書いたつもりです︒しかも二か

所とも四つに改めてある︒困りましたね︒

校正にいうてください︒丁寧なる校正ではなはだ感謝

Page 126: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

126

をするが︑時々はこんなこともある︒しかしこのくらい

な間違はどうせ免かれぬことでしょう︒だから仕方がな

い︒向後もあるでしょう︒しかしこういうのがあったと

いうだけを校正者に話してください︒

八月八日

八月十五日︵木︶午後五時︱六時

本郷区駒込西片町十

番地ろノ七号より

福岡県京都郡犀川村小宮豊隆へ

Page 127: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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拝啓

トルストイの独訳を売った︒今二三頁読んだ

︵だゞしいゝ加減︶︒ところがあれをかくに際して沙翁

さおう

を繙読したのが七十五歳だと称している︒そのまえにも

はんどく

たび

く読んだとある︒トルストイのように気力がある

と僕も大作物を出す︒

トルストイは沙翁を読んで人のように面白くないと公

言している︒そこがはなはだよろしい︒好漢愛すべしで

ある︒What

isArt

でも自分の思うことをかってに述べ

ている︒あの男の頭には感服せんがあの意気には感服す

る︒ライトというD

ialecticSociety

で字引を編集した人

Page 128: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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は四十になるまで英語のほかは知らなかったという︒そ

れが今ではたいへんな語学者になった︒西洋人はえらい

根気のある奴がいる︒

漱石は沙翁を繰り返す気もなし︑語学者になる気もな

いが︑この両人の根気だけはもらいたい︒小説をじ然と

ねん

発展させてゆくうちにはなか

く面倒になってくる︒こ

れで見るとディッケンズやスコットがむやみにかき散ら

した根気は敬服の至だ︒彼等の作物は文体において漱石

ほど意を用いていない︒ある点において侮るべきもので

ある︒しかしあれだけ多量かくのは容易なことではない︒

Page 129: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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僕も八十くらいまで非常な根気のいゝ人と生れ変って

大作物をつゞけざまに出して死にたい︒

君の手紙をよんだ︒返事の代りにこれをかく︒

これから文壇に立派な批評家と創作家を要求してく

る︒今のうち修養して批評家になりたまえ︒

今より十年にして小説は漸移してたゞ今流行の作物は

消滅すべし︒その時専門の批評家出でて真正の作家を紹

介すべし︒

今の文壇に一人の評家なし︒批評の素養あるものは評

壇に立たず︒いたづらに二三子をして二三行の文字を得と

Page 130: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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意気に臚列せしむ︒

ろれつ

英︑仏︑独︑ギリシア︑ラテンをならべて人を驚かす

時代は過ぎたり︒巽軒氏は過去の装飾物なり︒いたづら

に西洋の自然主義をかついで自家の東西を弁ぜざるもの

またまさに光陰の過ぐるに任せて葬られ去らんとす︒し

かる後批評家は時代の要求に応じて起るべし︒豊隆先生

これを勉めよ︒樗牛なにものぞ︒豎子たゞ覇気を弄して

つと

じゆし

一時の名を貪るのみ︒後世もし樗牛の名を記憶するも

むさぼ

のあらば仙台人の一部ならん︒

せんだいひと

謹んで檄す︒頓首

げき

Page 131: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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八月十五日

八月十六日︵金︶午前九時︱十時

本郷区駒込西片町十

番地ろノ七号より

府下大森八景坂上杉村内中村蓊へ

昨日は暑中見舞の書状難有拝見︒杉村氏帰京にて御

ありがたく

多忙のことと推察いたし候︒

そろ

小生いまだ小説を脱稿せず︒百回でやまざるゆゑどこ

まで行くか夫子自身心元なし︒P

enelope'sweb

と申すこ

ふうし

Page 132: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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とあり︒永劫に虞美人草攻となる了簡なり︒

細民はナマ芋を薄く切って︑それに敷割などを食って

しきわり

ゐるよし︒芋の薄切は猿と択ぶところなし︒残忍なる世

の中なり︒しかして彼等は朝から晩まで真面目に働いで

かせ

ゐる︒

岩崎の徒を見よ!!!

終日人の事業の妨害をして︵いな企てて︶さうして三

食に米を食ってゐる奴等もある︒漱石子の事業はこれ等

の敗徳漢を筆誅するにあり︒

ひつちゆう

天候不良なり︒脳巓異状を呈してこの激語あり︒蓊先

のうてん

Page 133: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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生願はくは加餐せよ︒以上

かさん

八月十六日

夏目金之助

中村

蓊様

八月十七日

本郷区駒込西片町十番地ろノ七号より

分県大分郡松岡村吉峰竟也へ﹇はがき﹈

四海同胞の好みをもって御書遣はされ拝見いたし候︒

よし

つか

虞美人草の人物の名二葉亭氏にこれあるよし︑御注意難

有く候︒実はその面影をよまずそれがためかゝるコント

Page 134: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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ラストを生じ候︒まづはお答へまで︒草々

八月十九日︵月︶︵時間不明︶本郷区駒込西片町十番地

ろノ七号より

福岡京都郡犀川村小宮豊隆へ

君が帰京前最後の手紙としてこれをかく︒三重吉とい

っしょにこしらえてくれた花壇はいまだに花が絶えぬ︒

お蔭で日々慰めになる︒虞美人草をかく時にも大いなる

注意物となった︒筆をもって漫然とあの花畠を見ている︒

暑があけて秋が来て朝夕は涼しい︒小供が虫籠を軒へか

Page 135: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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けた︒虫がなく︒少し書物が読みたい︒この夏も江山の

こうざん

気を得ずに籠城してしまいそうだ︒三重吉のおとっさん

が肺病になる︒川下江村という人が卒業してすぐ死んで

しまった︒

世の中は妙な考を持っているものだ︒殿下様が漱石

かんがえ

の敵だといえば漱石はすぐ恐れ入るかと考えている︒至

極呑気にできている︒殿下様はえらいかもしれないが︑

のんき

漱石がそう安っぽくできていたひにゃ小説なんかかく必

要がなくなってしまう︒もっともはなはだしい例は漱石

の文は時候後れだといえばすぐ狼狽して文体をかえるか

ろうばい

Page 136: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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と思ってる︒漱石はドイツが読めないといって冷評すれ

ば漱石は翌日から性格を一変するかと心得ている︒どう

考えても世の中は呑気だなあ︑豊隆子︒こんな人間がご

ろごろしているうちは漱石もいさゝか心丈夫だ︒

島からの端書到着︒石はなんでできていると聞いた人

はがき

は傑作家に違ない︒

ちがい

君が帰るまでは花壇に花があるだろう︒小説は今月中

には方づくだろう︒

かた

八月十九日

Page 137: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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八月二十八日︵水︶午前︵以下不明︶本郷区駒込西片町

十番地ろノ七号より

京橋区滝山町四番地東京朝日新聞社

内中村蓊へ

大水にて大騒︒ちょっと見物に行きたい様が致すが

おおさわぎ

もう三四日は虞美人草ゆえ外出を見合せる︒

時に君も朝日へ入社のよし大慶︒一人でも知った人が

はいるのは喜ばしい︒

御舎弟の御病気のことは森田氏より承わりたり︒御

うかたま

気の毒と思う︒

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﹁うきふね﹂は二三の書店へ話だけはしておいたが︑たゞ

いま出版界不景気だからというので春陽堂などはちょっ

と逃げた︒こうでもしたらどうだろう︒君が﹁うきふね﹂

持参︑大倉へ行って原平吉に逢う︒僕がぜひ出版してく

れという添状をかく︒その後は君の談判に任せる︒

そえじよう

それからまだこんなことがある︒昨夕も森田に話した

のだが︑僕は月給の約束で明治大学で三十円ずつ取って

いた︒ところが朝日へはいるについて明治大学も辞職し

た︒その月︵すなわち三月か四月と思う︶の月給をくれ

ない︒そこで一応は内海月杖君に催促したら先生はさ

うつみげつじよう

Page 139: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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っそく会計に申して取計うという返事だけよこしてま

とりはから

だ寄こさない︒君僕の代理として君の事情を打明けてこ

れを内海氏からとるか上田敏君から受取ってもらうかす

る勇気があればその三十円を君に上げる︒

それで帰国の旅費が足りなければ十月十日になると僕

は二三百円金がはいる︒そのうち二十円くらいなら君に

やってもいゝ︒昨夜は森田君に弐拾円かし︒その他へも

チョイ

く貸シタリヤッタリスルノガ重ナルトナンダカ

心細イ︒シカシ十月マデ待テバソノクライナ勇気は回復

スル︒

Page 140: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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右一応御返事まで︒

とにかく九月初旬にちょっと来たまえ︒ゆっくり相談

をする︒八

月二十八日

夏目金之助

中村蓊様

九月二日︵月︶午後十一時︱十二時

本郷区駒込西片町

十番地ろノ七号より

千葉県一の宮一の宮館畔柳都太郎へ

端書拝見︒肺せんかたるの疑ありとのこと︑大したこ

Page 141: ︵明治四十年︶ 集promeneur-libre.raindrop.jp/litterature/pdf_jp/Soseki...6 存じ候 以上 一月四日夜 金之助 虚子先生 一月十二日 ︵土︶ 午後十一時︱十二時

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ともこれあるまじけれどずいぶん勉強して遊んだらよか

ろうと思う︒僕も小説が脱稿に及んだから出掛て二三日

馬鹿話でもしたいがどうも一の宮とあってはちょっと行

く気にならん︒実はこのあいだ大塚に誘われて別荘地見

分のため参ったのでね︒一の宮より稲毛の方がよくはな

いなげ

いか︒

家賃を三十五円にするというからたゞいま逃亡の仕度

したく

最中だ︒君いゝうちを知らないか︒○○はむやみに借り

ろ借りろという︒あんなのはなんだか気味がわるい︒実

際僕の崇拝者でもないものが家を貸すために崇拝者にな

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るなんて怪しからんわけだ︒

僕例の立派な湯屋へ行って体量をはかるに十二貫半で

ある︒今日かゝったら十二貫半の半である︒家賃と体量

は反比例するものかと思う︒今に家賃が百円くらいにな

れば体量○すなわち大往生の域に達することだろう︒胃

が悪クテイケナイ︒これを称してイッツェンカタールト

名ケル︒一の宮くらいじゃなか

く癒らない︒火葬場の

ナヅス

トーブで煖めないととうてい全治しないそうだ︒

あたゝ

まずは御返事まで︒匆々頓首

九月二日

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九月八日︵日︶本郷区駒込西片町十番地ろノ七号より

小石川区原町十番地寺田寅彦へ

﹁やもり﹂まあ負けて面白いとする︒欠点は初めはお

房さんが山になるようだ︒ところが荒物屋が主になっ

てしまった︒そこでツギハギ細工のような心持がする︒

はじめからやもりに関する記憶をツナゲル体で読者に

てい

これが中心点だと思わせないように両者を並列する心得

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があればこの矛盾は防げたろうに︒そういう態度で並

べた話ならもっと渾然としてくる︒いかんとなればいく

つ並べてもやもりで貫いているから︒

︱また文章の感

じが一貫しているから

である︒

文章の感じは君の特長を発揮している︒やはりドング

リ感︑竜舌蘭感である︒この種の大人しくて憐で︑し

りゆうぜつらんかん

おとな

あわれ

かも気取っていなくって︑そうしてなんとなくつやっぽ

くって︑底にハイカラを含んでいる感じはほかの人に出

しにくい︒君にはこれより以外に出せないかもしれない︒

まずは一口評まで︒さっそく虚子に送る︒

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九月八日

九月二十八日︵土︶午前十一時︱十二時

本郷区駒込西

片町十番地ろノ七号より

麹町区富士見町四丁目八番地高

浜清へ︹はがき︺

私の新宅は

牛込早稲田南町七番地

デアリマス︒アシタ越シマス︒

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十月九日︵水︶午前九時︱十時

牛込区早稲田南町七番

地より

日本橋区本町三丁目博文館内巌谷季雄︑田山録弥

へ︹はがき︺

謹啓

西園寺侯爵招待の日どり御変更につき︑またま

た御通知を煩はし御手数恐縮の至に候︒当日はあいにく

差支えにて出席

かね候あひだ︑さやうご承知く

つかまつり

さふらふ

だされたく右折返し御返事まで︒匆々

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十一月二日︵土︶午後零時︱一時牛込区早稲田南町七番

地より

京都市外下加茂村葵橋東詰北入厨川辰夫へ﹇はが

き﹈

御紙面拝見︒京都へ御転任のことはかねて聞き及び候︒

御地は熊本より万事好都合のことと存じ候︒まづ

く結

構に候︒小野さんのモデル事件は小生も新聞にて読み候︒

かってなことを申すやからに候︒さだめし御迷惑のこと

と存じ候︒かってなことをかってな連中が申すことゆゑ

小生も手のつけようなく候︒

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十一月十一日︵月︶午後五時︱六時

牛込区早稲田南町

七番地より

麹町区富士見町四丁目八番地高浜清へ

先日は失礼︒御依頼の序文をかきました︒お気に入る

かどうだか分りませんがまあ御覧に入れます︒

ゆうべだいたいの見当をつけて今朝十時ごろから正四

時までかゝりました︒しかし読み直してみると詰らない︒

しかしだいぶ奮発して書いたのは事実であります︒そこ

をお買いください︒頓首

十一月十日

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当分序文ハカカナイコトニシマス︒ドウモナニヲカイ

テ好イカ分ラナイ︒

イシカシアナタノ作ヲ読ムノハヒマガ入ラナカッタ︒ア

レデハ頁が多クナリマセンネ︒

十一月十五日︵金︶午前十時︱十一時

牛込区早稲田南

町七番地より

本郷区丸山福山町四番地伊藤はる方森田米

松へ

拝啓

久しく拝顔を得なかったところお手紙で虞美人

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草の批評をかいてをられるよし承知︑右皆々へ披露いた

し候︒かやうに御丹精研究のうへ御批評あらんとは思ひ

も寄らぬところ︒たとひ虞美人草がそれほどの価値なき

にせよ︑またその批評が褒貶いづれに向ふにせよ小生は

ほうへん

心中より深く君の好意を感謝いたし侯︒大喜雀躍が単

じやくやく

に自分のためのみならず︒近来の批評は寄席へ行って女

義太夫を評する格にて文壇のためすこぶる物足らぬ節こ

れあるところへ君が出て一批評をかくためにロシア派を

研究ドイツの哲学を研究︑最後にシラーの伝までしらべ

るにいたってはその厳正の態度堂々の献立敬服のほかな

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く︑しかもそれほど骨を折ってもらふ作物はといふと僕

のかいたものに候ゆゑいっそう嬉しく思はれ候︒君の批

評を先鋒として日本の批評が従来の態度を一新するやう

になったらさぞよろしからうと存じ候︒深田康算がドイ

ツから手紙にて僕の作物を評したい︑ことに文学論とそ

のほかの議論文の学界にいまだかつてあらざりしゆゑん

を述べて精細たる批評を試みたいと申しきたり侯︒かゝ

る人がかゝる態度にて拙著を取扱ってくれるのはまこと

に心嬉しきものに候︒もしそれ大町桂月君の夏目漱石論

にいたってはいくらほめられても小生のためにも批評界

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のためにもならぬことと存じ候︒委細は拝眉を期し候︒

はいび

うれしきゆゑ一筆お礼を申し上げおきたしと存じこのふ

み御覧に入れ候︒一日も早く批評拝見いたしたしと存じ

候︒なかにはずゐぶん手痛きところもこれあるべくそれ

は承知ゆゑなるべく堂々と︑あゝやったりやったりとい

ふふうに立派に真の批評らしくおやりくだされたく候︒

以上

十一月十五日

之助

草平先生

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十一月十八日︵月︶午前十一時︱十二時牛込区早稲田南

町七番地より

本郷区森川町一番地小吉館小宮豊隆へ

拝啓

読売の白雲子のことなどでわざ

く端書を寄こ

す必要があるものか︒寄こすならお笑ひ草として寄こす

べし︒あれで胸糞がわるくなると申すは読売新聞自身に

いふべきことなり︒読者は面白がってしかるべき論文な

り︒あ

の白雲子なる人はかつて僕のところへ話をぎきに来

て僕が玄関先で帰した趣味の男のよし︒いたって大人し

い口もろくにきけさうもなき神経質の男なり︒それだか

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らあゝいふことをかく︒あゝいふ男が相応の学問をしな

いであゝいふことをかく時は少し気が変になってゐる時

分である︒恐るべきことだ︒あの人は生涯あれで蒼い顔

で苦しんでさうして人から馬鹿にされて死んでしまふ︒

穴賢

あなかしこ

十一月十八日

十二月十日︵火︶午後十一時︱十二時

牛込区早稲田南

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町七番地より

本郷区森川町一番地小吉館鈴木三重吉へ

︹はがき︺

小説を御脱稿のよし大慶これにすぎず候︒樗陰は有卦

抑に入り申すべく候︒小生も三十日つゞきのものをたゞ

いまたのまれたばかりに候︒小説とゆかなくても三十日

はつゞける義務ができ候︒相なるべくは二十九日くらゐ

で御勘弁を願はんかと存じ候︒お風邪の趣せっかく御養

生専一に候︒小子奥方も風邪にて伏せりをり候︒したが

ってお見舞にもあがりかね候︒羊羹はもちろんのことお

あきらめしかるべく候︒八重子さんは小説を二つかき候︒

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新小説とホトトギスへ出すよしに候︒風呂が洩りて湯が

たたぬよし︒なんだか湯にはひりたく候︒風が吹き候︒

存外あたゝかに候︒地震もこれあり候︒

十二月十日

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