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Discussion Paper No.213 日本の出生率回復に関する シミュレーション分析 * 吉田 浩 HIROSHI Yoshida First Draft 2006.12.17 Revised 2007.02.22 <引用されるときは事前に下記までご連絡ください> 東北大学経済学研究科 980-8576 仙台市青葉区川内 [email protected] 概 要 本研究の目的は、北欧型の家族政策を日本で実行した場合に、出生率の回復が どこまで見込まれるかについて実証的に検証し、その具体的水準について試算を 行うことである。このため、本研究では出生率に関し歴史的に対照的な動きを見 せている日本とノルウェー両国の地域マクロデータを用い、西暦 2000 年ベース における出生率関数の推計を行った。 その結果、日本の出生行動はノルウェー推計結果と比して特殊といえるもので はなく、出生に関する女性の機会費用を用いたモデルから共通に説明可能である ことがわかった。しかし、育児施設に関しては出生率回復に有効であるとする十 分な結果が得られなかった。この推計結果を用い、ノルウェーで行われている育 児休業制度等の家族政策が日本で同様に実施されたケースを仮想してシミュレ ーション計算を行ったところ、日本の合計特殊出生率は最大で 1.75 程度まで回復 可能であるとの結果が得られているJEL Classification J13, D13, H31 Key words 少子化対策の効果、実証分析、国際比較 * 本稿は、Yoshida(2006)をもとに、新たにシミュレーション部分を再推計し、一橋大学における「現代経済 システムの規範的評価と社会的選択に関する世界的な研究・教育ネットワークの形成の研究会」のために 執筆されたものである。 東北大学経済学研究科助教授

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  • Discussion Paper No.213

    日本の出生率回復に関する シミュレーション分析*

    吉田 浩† HIROSHI Yoshida

    First Draft 2006.12.17 Revised 2007.02.22

    <引用されるときは事前に下記までご連絡ください>

    東北大学経済学研究科 〒980-8576 仙台市青葉区川内

    [email protected]

    概 要 本研究の目的は、北欧型の家族政策を日本で実行した場合に、出生率の回復が

    どこまで見込まれるかについて実証的に検証し、その具体的水準について試算を

    行うことである。このため、本研究では出生率に関し歴史的に対照的な動きを見

    せている日本とノルウェー両国の地域マクロデータを用い、西暦 2000 年ベースにおける出生率関数の推計を行った。 その結果、日本の出生行動はノルウェー推計結果と比して特殊といえるもので

    はなく、出生に関する女性の機会費用を用いたモデルから共通に説明可能である

    ことがわかった。しかし、育児施設に関しては出生率回復に有効であるとする十

    分な結果が得られなかった。この推計結果を用い、ノルウェーで行われている育

    児休業制度等の家族政策が日本で同様に実施されたケースを仮想してシミュレ

    ーション計算を行ったところ、日本の合計特殊出生率は最大で 1.75 程度まで回復可能であるとの結果が得られている。

    JEL Classification J13, D13, H31 Key words 少子化対策の効果、実証分析、国際比較

    *本稿は、Yoshida(2006)をもとに、新たにシミュレーション部分を再推計し、一橋大学における「現代経済システムの規範的評価と社会的選択に関する世界的な研究・教育ネットワークの形成の研究会」のために

    執筆されたものである。 †東北大学経済学研究科助教授

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    1. イントロダクション

    1.1. 本研究の目的と背景

    本研究の目的は、日本の低出生率の要因を定量的に検証し、出生率回復のシミュレー

    ション計算を行い、その水準を試算することである。検証に当たっては、ノルウェーと

    日本について共通の出生率関数モデルを設定し、比較分析を行う。 表1に示すように、日本の出生率は先進国の中でも最も低い水準となっている1。さら

    に2006年には、2005年の日本の合計特殊出生率がこれまでで最も低い水準である1.25まで下落したと発表された。

    表 1 先進国の合計特殊出生率(2004 年)

    Country TFR Country TFR Country TFR Iceland 2.03 Sweden 1.75 Italy 1.33 Ireland 1.99 U.K. 1.74 Spain 1.32 France 1.90 EU-25 1.50 Greece 1.29 Norway 1.81 Portugal 1.42 Japan 1.29 Denmark 1.78 Germany 1.37

    出所: EU 諸国は EuroStat; 日本は国立社会保障人口問題研究所資料; アメリカは Hamilton at el.(2005)

    歴史的にみると、日本の出生率は1974年に下落し始め、1989年には1.57に達した。こ

    れを受けて、これまで日本政府はいくつかの出生率対策を発表したものの、出生率は今

    日に至るまで減少し続けている。そして2005年の12月に、厚生労働省は日本の人口が総人口レベルで予想よりも早く減少し始めたと発表している。これに先立つ1998年の『厚生白書』(厚生省)では、3500年までには日本人の人口は1人になると予測されている。 このような状況をうけ、日本では少子化のために内閣府特命大臣が任命されるなど、

    少子化対策は最も重要な政策のひとつとして位置づけられている。この論文は、政策形

    成のための根拠資料を得るため、少子化の原因をノルウェーと比較しながら定量的に明

    らかにする。

    1 OECD メンバーの中では、韓国を除く。

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    1.2. 国際比較の観点

    ここでは、本稿で日本の出生率をノルウェーと比較して検討する理由について述べる。

    一般に北欧諸国では、女性の労働供給率の高さに比して、出生率が高いことはよく知ら

    れている。また、図1に示すように、実際にノルウェーでは1980年代中盤以降に、いったん低下した出生率が再び回復し、その後その出生率が維持されている。逆に日本は

    1985年以降、出生率はほぼ一貫して低下しており、両国は大きな違いを見せている。

    図 1 日本とノルウェーの出生率の推移

    1.0

    1.2

    1.4

    1.6

    1.8

    2.0

    1981 1985 1990 1995 2000 2004

    NOR

    JPN

    出所:ノルウェー, Statistics Norway, ; 日本, 国立社会保障人口問題研究所『人口統計資料集』(2006) この事実は、日本は出生行動に関する国際的な標準モデルから大きく異なっているの

    か、それともやはり国際的な標準モデルで説明可能であるのかという疑問を投げかける。

    もし、日本の出生行動が国際的な標準モデルによって説明できないのであれば、少子化

    対策に別のアプローチを取らなければならないことになる。また、北欧型の家族政策が

    日本の出生率の回復に有効であるかを判定するためには、実証的な研究を行って、日本

    の出生率低下が説明可能な現象であるのか、説明不可能な特殊な現象であるのかを明ら

    かにしなければならない。これらの問題を解決するため、本研究では日本とノルウェー

    の出生率について、共通のモデルおよび共通に定義されたデータを用いて比較分析を行

    う。先に述べたように、ノルウェーはヨーロッパの中でも出生率が最も高い国のうちの

    一つであり、逆に日本は先進諸国の中でも最も出生率が低い国のうちの一つである。し

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    たがって、これら2つの国は比較分析を行うのに非常に適したサンプル国であるともいえる。

    1.3. 本論文の構成

    本論文の構成は以下のとおりである。続く第2節で、ノルウェーと日本の出生率ならびに国際比較研究のサーベイを行う。第3節では出生率に関する理論モデルを構築し、比較静学を通じて、経済的な要因が出生率に及ぼす影響を事前に検討する。実証分析に

    関するデータの詳細は、第4節で述べられる、これらの準備の下に、第5節では実際に出生率関数が推計される。そして最後の第6節では結論と残された課題が検討される。

    2. 先行研究

    2.1. 出生率に関する時間費用理論

    2.1.1 先がけとなる研究

    はじめに、出生率を説明する上で、時間費用に注目した研究からサーベイすることとする。Becker(1965)では時間コストの観点から、子育ては所得水準の高い者に高額の機会費用をもたらすことを指摘している。この理論は、家計の所得とその家計の子供の

    数がネガティブな関係にあるという形で定式化されている。その後Willis (1973)は妻の賃金の代理変数である教育年数とその世帯の子供の数に関して、実際に有意に負の関係

    があることを見出している。 Butz and Ward(1979)はアメリカの1947年から1974年にかけてのデータを用いて妻の

    賃金と出生率に関して、予測どおり負の関係を確認することに成功している。この研究

    は時間費用に基づいた出生率の実証分析の先がけとなっており、後の研究に大きな影響

    を及ぼしている。しかし、この実証にはButz and Ward (1979, p.323)自身が指摘するようにタイムシリーズデータから生じる系列相関の問題を持っている。この研究に関して、

    Macunovich(1995)ではこのButz and Ward (1979)と同じデータを用いて、その結果が追証されている。またMacunovich(1995)では、Butz and Ward (1979)のデータに加えてアメリカの国際調査の新たなデータも追加されて検証が行われている。その結果、Macunovich (1995)は、

    • 全く同じデータを用いても推計期間を変更すると Butz and Ward(1979)の結果はもはや成立しないこと

    • さらに、Butz and Ward のモデルは、アメリカの国勢調査のデータを用いると非常に不十分にしか説明されないこと

    を明らかにしている。

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    2.1.2 個票を用いた研究

    次に個票データを用いた出生率の実証分析を検討する。Dooley (1982)は、1970年のアメリカの国勢調査のデータを3つの異なる方法で再集計し、比較計量分析を行っている。その結果、個票のままで推計したケースでは、妻の賃金に関する偏回帰係数は有意に負

    の値が推計された。しかし、集計データによって行った推計では、負の値が推計された

    ものの、多くのケースで統計的に有意な結果が得られなかった2。続くMoffitt (1984)では、1968年から1975年までのアメリカの個人のパネルデータを用い、出生率と女性の労働供給の関係が検証された。いくつかの推計のうち、1つの結果では妻の賃金率は有意に出生率を引き下げていることが示されている。しかし、生涯資産については所得効果の仮

    説に反して、出生率に対して有意に負の偏回帰係数が推定されている3。

    2.1.3 育児施設の効果に関する研究

    イギリスにおける研究

    Ermisch (1988)は動学的出生モデルに基づき、イギリスの社会経済データを用いて出生率関数群を推定している。推計は24のモデルについて行われ、このうち14の推計結果で、女性の相対賃金に関し有意に負の係数が得られている。続くErmisch (1989)では、1980年のイギリスの女性と雇用に関する調査のデータを用いて、育児サービスを購入した女性の賃金はそうでない女性に比してやや高めであることが指摘されている。

    Ermisch (1989)は同時に、ordered probit model を用い、妻の賃金に関して負の係数を、また夫の賃金に関して正の係数を推定している。

    イタリアにおける研究 ヨーロッパの国々の中で、イタリアは日本と類似して結婚した女性の労働供給は低い

    ままに出生率が急激に低下した国である。Boca (2002)は、夫の所得はイタリアにおいて出生率に負の影響をもっていることを指摘している。また、同研究ではプールされたク

    ロスセクションモデルによる推計結果では、育児施設の子供数に対する比率は出生率に

    有意にポジティブな影響を持っていることが示されている4。この結果は、子育てのた

    めの資源は出生率を引き上げるという仮説を支持するものとなっている。

    2 しかし、Dooley (1982)では集計データを用いて推計を行っているにもかかわらず、不均一分散に関する補正を行っていない。 3 Moffittt (1984, p269)では、「所得効果が負に出ることはクロスセクションデータではしばしば見かけられることであり、明らかにパネルデータになってもその影響は消えない。」と述

    べている。 4 しかし、Fixed effect モデルにおける推計では、保育制度の推計結果は正であるが、有意ではなかった。

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    2.2. ノルウェーと北欧諸国の出生率に関する研究

    ノルウェーにおいては、出生率に関するKravdalおよびRonsenによって有力な研究が行われている。Kravdal (1994)は、1988年のノルウェーの家族および就業調査のデータを用い、ハザードモデルによって女性の就労経験が第1子の出産にポジティブな影響を持っていることを見つけ出している。次にKravdal (1996)では、ノルウェーの各自治体の育児施設の子供数に対するカバー率のタイムシリーズデータを用い、地域の子育て施設の

    カバー率は第3子を持つ確率に正の関連があることを示している。さらに、その子育て施設の効果は、カバー率の低い地域で有意であることも示している。この研究は、ノル

    ウェーにおける育児施設の役割に関して有力な推計結果を提示している。Kravdal (1992)はそれ以前に、ノルウェーとアメリカのデータを用いて育児施設の効果を検証している。

    その結果によれば、主に第3子の出生に関して育児施設の正の効果が示されている。 Naz (2000)はKIRUITと呼ばれるノルウェーのデータベースの個票を用いて、女性の過

    去の所得は、所得効果により第1子誕生の確率を増加させると結論付けている。しかし、この推計では、女性の賃金、その夫の所得、社会福祉援助に関する推計結果に関しては、

    共に全て有意でない結果となっている。このため、女性の時間費用およびそれを緩和す

    る社会政策の効果に関して、この研究からは確定的なことをいうことは出来ない。 Kravdal (2002)は、1992年から1998年までのノルウェーの登録ベースの統計データを用

    い、continuous-time hazard modelによって、失業が出生率に及ぼす影響を確認している。この研究は、失業が出生率に及ぼす影響を個人のレベルとマクロのレベルでそれぞれ確

    認しようとしている。その結果、個人のレベルにおいては男性の失業は出生率にネガテ

    ィブな影響を持っているが、女性の失業は出生率をやや引き上げるとしている。しかし、

    マクロベースでは、男女共に失業率が高い地域においては、女性の晩産化は少ないとし

    ている5。 Rønsen and Sundström (2002)は、フィンランド、ノルウェーとスウェーデンのデータ

    を用いて、家族政策と母親の労働参加の関連に関して研究を行っている。しかし彼らの

    研究では、育児休業の利用資格と子供の保育所のカバー率が女性の労働参加率にポジテ

    ィブな影響を及ぼすことが確認されたのは、ノルウェーだけであった。しかも、ノルウ

    ェーにおいても第2子およびそれ以降の出産については、保育所のポジティブな効果は確認されなかった6。続くRønsen (2004)では、ノルウェーとフィンランドの出生率と世帯に関する調査の個票を用いて、家族政策の出生率に及ぼす影響を調査している。

    Rønsen(2004)では、保育所の子供数に対するカバー率は出生率に正の影響を持ちうることを述べている。しかし、保育所の効果を支持するような主な結果はフィンランドに限

    5 Kravdal (2002)では、この結果は女性が主なる子供のケア供給者であるという伝統的な経済的仮説にフィットするものであると述べている。 6 Rønsen and Sundström (2002, p.148)では、「この理由はこの国における保育料の高さであるかもしれない」と述べている。

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    られていた。しかも、統計的に有意な結果は第2子および第3子についてであった。 Bjorklund (2006)は、スウェーデンにおける家族政策の拡張は、期間出生率 (period

    fertility rate) は引き上げ、出生の間隔を縮めたが、完結出生率 (complete fertility rate) の水準は引き上げなかったと結論付けている。この結果は、家族政策は短期的には効果が

    あるが長期的には効果が限定的であることを意味しているといえる。

    2.3. 日本の出生率に関する研究

    2.3.1 タイムシリーズデータによる研究

    以下では日本の出生率に関する研究をサーベイする。初めにタイムシリーズデータを用いて研究をサーベイする。大淵(1988)は1950年から1983年日本のタイムシリーズのマクロデータを用いて、Butz and Wardモデルと非Butz and Wardモデルを検証するため、出生率に関して6本の回帰式を推計している。しかし、女性の賃金に関して推定された偏回帰係数は、理論的条件に反して、正となっている。また、各推定式はかなり強い系

    列相関の問題を持っている。その結果、大淵(1988, p.154)はButz and Ward モデルは戦後の日本には当てはまらないと結論付けている。

    Lee and Gan (1989)はButz and Ward モデルを同時方程式体系に拡張し、1960年から1984年の日本のマクロデータを用いて日本の出生率を検証している。その結果、Butz and Wardの日本における適用可能性に関して、有意で良好な推計結果を得ている。推計では、男性の賃金に関してポジティブ、女性の賃金に関してネガティブな結果を得ている。

    Butz and Wardモデルの日本への適用可能性に関して、今井(1996)は1968年から1994年までの日本の時系列マクロデータを用いて、2つのタイプの推計モデルを検証している。この推計では、モデル全体の自由度修正済みの決定係数は0.8を超えているものの、推定された各偏回帰係数は統計的にあまり有意ではなかった。さらに、推定された2つのモデルはいずれも系列相関の問題を持っていた。その結果、今井(1996, p.35)は、日本では2つのモデルのどちらも当てはまらないと結論付けている。また女性の賃金が出生率に及ぼすネガティブな効果は、この研究からは確認されていない。

    加藤(2001)は日本の時系列マクロデータを用いて、女性の賃金と出生率に関して有意に負の関係を確認している。しかし、この研究も大淵(1988)および今井(1996)と同様に系列相関の問題を持っている。

    2.3.2 クロスセクションデータによる研究

    次にクロスセクションデータを用いた日本の出生率に関する研究をサーベイする。

    Hashimoto (1974)は1960年の日本の46都道府県のマクロデータを用いて、女性の完結出生率に対する賃金率の回帰係数は有意に負であることを見つけ出している。ここでは、

    男性の賃金の偏回帰係数は正に推定されているが、有意ではなかった。その後小椋とデ

    ィークル(1992)は1970年、1975年、1980年および1985年のプールされた日本の都道府県

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    別のマクロデータを用いて出生率関数の推定を行っている。その結果、25歳以上の世代において女性の賃金は出生率に関して負の影響を持っていることを見つけ出している。

    しかし、20歳から24歳の結果に関しては、統計的に有意ではなく、また理論値と逆の符号が推定されている。 米谷 (1995)は1970年、1980年および1992年の日本の地域別マクロデータを用いて、

    日本の出生率低下の要因を分析している。1970年の推計結果は、フィッティングおよび偏回帰係数のt値に関し、あまりパフォーマンスの良いものではなかった。しかし、1980年および 1992年のマクロデータを用いた結果では、住居費、教育費および女性の賃金に関して、理論どおり負の係数が推定されている。保育所の定員の地域の0歳から6歳の子供数に対する比率(カバー率)については、1980年のデータを用いた推計では正の偏回帰係数が得られているものの、有意でなかった。しかし、1992年のデータを用いた推計で、有意に正の偏回帰係数が得られている。 高山ほか (2000)は1985年から1994年までの47都道府県のプールされたマクロデータ

    を用いて、男性の月収とTFR(合計特殊出生率)に関して正の偏回帰係数を得ている。また時間費用の仮説に関しては、予測どおり女性の月収に関して有意に負の偏回帰係数

    を得ることで、これを確認している。さらに0歳から4歳の子供に対する保育園の定員のカバー率については、出生率に対し有意に正の結果を得ている。しかし、幼稚園のカバ

    ー率に関しては、予測に反して有意に負の偏回帰係数が得られている7。

    2.3.3 最近の研究

    日本の研究に関する最後のサーベイとして2000年以降の最近の研究をサーベイする。加藤(2002)は、1976年から2000年までの日本の時系列マクロデータを用いて、コーホート別に出生率と結婚に関する長期予測モデルを同時方程式により開発し、推定を行って

    いる。15歳から19歳のコーホートの推計結果では、保育所は出生率に有意に正の影響を持つことが推定されている。しかし、この世代は就業率も低く、保育所を頻繁に利用す

    る世代とは考えにくいという問題点が残されている。また、30歳から34歳および35歳から39歳の世代の推計式においても、保育所の偏回帰係数は有意にポジティブに推計されている。しかし、これらの推定式は女性の賃金に関する変数が含まれていないという問

    題点も残されている。さらに、30歳台の世代に関する推計式では、やや系列相関の問題が残されている。したがって、これらの結果だけからは、我々は女性の時間費用によっ

    て低下した出生率は保育施設によって回復可能であるという決定的な結論を下すこと

    は出来ない状態である。 大山(2003)は、1992年に行われた『第10回 出生動向調査』(国立社会保障人口問題研

    7 一般に日本では保育園は 0 歳から 5 歳の子供をケアし、主に働く母親のために設置されている。これに対し、幼稚園は 3 歳から 5 歳の子供に教育を施し、母親の就労状況に係わりなく利用することが出来る。

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    究所)の個票を用いて出生率関数を推定している。その結果、近年の日本の出生率低下は女性の労働供給増加の要因よりも金融的要因や教育費コストが支配的な要因である

    と主張している。しかし、当該研究では、教育費等に係わる変数は含まれていないため、

    この主張が統計的に検証されているわけではない。

    2.4. 国際比較研究

    最後に、本項では主にノルウェーと日本を取り扱った出生率に関する定量的な国際比

    較研究をサーベイする。 Preston (1986)はヨーロッパ以外の先進国(オーストラリア、カナダ、ニュージーラン

    ド、アメリカそして日本)の出生率の低下に関し議論をしている。Prestonは出生率の変化に関し、いわゆる”English speaking countries ”(英語圏)は時期的に似たようなトレンドを持っているのに対し、日本の出生率はそのかなり以前の時期から低下し始めたという

    違いがあることを指摘している。Preston (1986, p.191)は「日本の(出生率)モデルには、いくつかの基本的な点において、非常に異なった点が残されている。」と述べている。

    Butz and Wardモデルに基づき、Ahn and Mira (2002)は1970年から1995年の間のノルウェー、日本およびその他19のOECDの国々の時系列マクロデータを用いて、出生率と女性の雇用率に関して比較を行った。Ahn and Mira (2002)では、ノルウェーおよび北欧諸国(Nordic countries) は女性の労働参加率の高い国のグループに分類されている。これに対して、日本は女性の労働参加率の低い国のグループに分類されている。Ahn and Mira は、女性の労働参加率の高い国のグループのTFRは1990年以降回復しているのに対し、女性の労働参加率の低い国のグループは継続的に低下し、前者のグループのTFRの最低水準をも下回るレベルに達していることを指摘している。Ahn and Miraの分類によれば、日本は北欧諸国とは区分されるべきポジションにあることになる。

    Bongaarts (2002)は、TFRを計測する際において、女性が第1子を設ける年齢に関するタイミング効果(tempo effect) を議論している。この観点に基づき、19の国々についてタイミング効果を修正したTFRが再計算されている。その結果、大部分の国々のTFRはタイミング効果を取り除いた後、より高い数値に修正されている。しかし、ブルガリア、

    ルーマニア、ロシアおよび日本はタイミング効果は大きくなく、修正後もTFRは低い数値に留まったままであった。この研究に基づくならば、日本の他の先進国とは異なった

    出生率の構造を持っていることなる可能性がある。 Li and Wu (2003)は、カナダ、アメリカ、ノルウェーおよび日本について出生率の予

    測モデルを作成している。Li and Wu は日本の若い世代を除いたほとんど全ての国について十分に予測をすることができた。この結果は、日本の出生率のトレンドは他の国々

    のそれと異なっていることを示唆している。

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    2.5. 中間的まとめと本論文の方針

    上記の既存研究に基づき、本分野における知見の総括と本論文の方針は以下のように

    記述される。

    2.5.1 時系列データの取り扱い

    第1に、時系列データを用いた多くの既存研究で女性の賃金に関して実際に負の偏回帰係数が得られている。しかし、タイムシリーズデータに基づく多くの研究において、

    系列相関の問題が残されているのも事実である。この系列相関の問題を避けるために、

    本論文ではクロスセクションデータを用いることにする。これに加えて、他の研究者が

    本研究の結果を事後検証することが出来るように、本論文ではノルウェーおよび日本に

    おいて既に公表され一般に入手可能なデータを用いて分析を行うことにする。

    2.5.2 国際比較による日本の特殊性検証の観点

    第2に日本のデータを用いた国際的な比較研究は多くなく、しかも既存研究では日本の出生率は独立した推計対象として扱われているよりも、多くの国のデータとプールさ

    れたデータの一部として扱われていることが多い。いくつかの研究においては他の国と

    共通のフレームワークで日本の出生率を説明しようとしている。しかし、その結果によ

    れば、日本出生率は他国と共通のモデルではうまく説明できないという結果が多く得ら

    れている。これらのことに対して、ノルウェーと日本と分析を統合的に行うために、本

    論文では両国において共通の定義によるデータを用いることとする。

    2.5.3 少子化対策の効果に関する観点

    第3にいくつかの既存研究において、保育所などの育児支援のための資源が出生率回復に及ぼす効果に関して検証が試みられている。推計においては、正の推計値が部分的

    に得られている、しかし決定的な結果が多くの研究において得られているわけではない。

    本研究では、女性の賃金がもたらす機会費用の観点に加え、保育所等の少子化対策の政

    策的な変数についても検証を行うこととする。

    2.5.4 マクロデータの説明力補正に関する観点

    既存研究においては集計されたマクロデータでは、個票データよりも家計の出生行動

    に関する説明力が劣るという知見が得られている。これに対して本論文では、ノルウェ

    ーと日本の対照可能なマクロデータを用いて比較分析を行う。このため、Maddala (1992)に基づき、集計された地域クロスセクションデータにおける不均一分散データの問題

    (heterosecedasticity)を解決するべく、重みつき回帰分析の手法(weighted regression method)を用いることにする。

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    2.5.5 出生行動のモデルの定式化に関する観点

    最後に、多くの実証分析の研究では誘導系または確率モデルに基づき回帰分析が行わ

    れ、構造モデルに関する検討が十分に行われていない。しかし、実証分析に先立ち、構

    造モデルを十分に検討することによって、家計の行動を明示的に知ることができるほか、

    家計を取りまく各要因が出生率におよぼす影響を事前に予測することができるという

    利点がある。 そこで本論文では、単純ながらも各経済変数の役割をはっきりとさせる理論的モデル

    を構築している。

    3. モデル

    3.1. 家計行動

    本節では、Hotzet al.(1997)のモデルをモディファイし、出生率分析に関するシンプルな静学的モデルを導入することにする。ここでは、家計の効用は、

    u =U (C,N,Q ) (1)

    C =家計の消費, N =家計の子供の数, Q =子供の質, Uʹ>0, U˝

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    とする。 第2の制約は、妻の時間配分に関する制約である。子育ての機会費用の観点から、時

    間制約式は以下のように定式化される。

    T =L +t ·N, (3)

    T =妻の総利用可能時間, t =子育て時間のユニットコスト.

    単純化のため、子育てサービスの生産関数およびレジャーに対する時間配分は省略す

    るとする。したがって、妻の時間は労働供給Lと子育てのために割く総時間t ·Nの間に配分される。

    式(2)と式(3)を組み合わせることによって、予算・時間制約式

    Y +w ·T =C +N (p +t ·w) (4)

    を得る。 代表的な家計は、式(4)の制約の下で式(1)に示された効用を最大化するべく最適な子

    供数N*を定める。この最大化問題の1階条件は、

    Uʹ(C) −λ =0, (5) Uʹ(N) −λ (p +t ·w)=0, (6) Y+w ·T −C −N (p +t ·w)=0, (7)

    λ =所得の限界効用(ラグランジュ乗数)

    となる。

    3.2. 比較静学

    以下では、上で検討した各変数が出生率に及ぼす影響を比較静学によって明らかにす

    る。式(5)および(6)から変数λを消去し、以下の均衡条件を得る。

    Uʹ(N)=(p +t ·w )Uʹ(C) (8)

    次に、式(8)を式(7)の各変数で置き換え、全微分を行い整理すると、比較静学の結果を以下のように表すことができる。

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    ここで、η =(p +t ·w )>0 .

    式(9)に示されたdN/dY>0の結果によれば、夫の所得は出生率に正の影響を持つことがわかる。次に式(10)のdN/dp<0 の結果に従えば、子育ての貨幣的コストと家計の子供数には負の関係があることがわかる。このことから、公的もしくは私的な安価な子育て

    サービスの利用可能性は子育てのコストを軽減すると言える。なぜなら、もしこれらの

    サービスを利用することができなければ、家計はプライベートなベビーシッターなどの

    より高い貨幣的コストを支払わなければならないためである。 保育所などの育児施設の効果は、式(11)のdN/dtの結果にも表れている。dN/dt<0 であ

    ることは、労働供給と子育ての時間的な対立が出生率を引き下げうることを示している。

    最後に、女性の賃金wに関する式(12)について検討する。この結果を見ると、女性の賃金率の増加が家計の子供の数Nに及ぼす効果は不確定である。そこでこの変数wの効果に関する詳細は、次項でより詳しく検討する。

    3.3. 図を用いた分析

    3.3.1 フレームワークの設定

    本稿では、前項で検討した比較静学の内容を無差別曲線の図を用いて再検討する。図

    2は、家計の無差別曲線と予算・時間制約式を示したものである

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    図 2 与件の変化による最適子供数の変化

    図2の平面上において、横軸は子供数Nを示しており、縦軸は家計の消費水準Cを示している。 前項の式(4)より、予算・時間制約線は、

    C = −(p +t ·w )N +T ·w +Y (4ʹ)

    と変形できる。当初の予算・時間制約線は図2中のl1 であり、無差別曲線上の均衡点はE1である。この均衡点E1によって、家計の最適子供数はN1と与えられる。以下ではこのフレームワークに従い、所得や価格、コストが変化した場合の均衡点の変化を考える

    こととする。

    3.3.2 夫の所得の変化

    第1に、夫の所得YがYʹに変化した場合を検討する。このケースにおいては、予算・時間制約線l1は新たな制約線l2にシフトする。この新たな制約線l2は切片がT ·w +Yʹの状態で制約線l1に平行である。図2に示された新しい均衡点E2によって、最適子供数はN1より大きなN2となることがわかる。式(9)のdN/dY >0 の結果は、以上のようにして説明される。

    3.3.3 価格の変化

    第2に、貨幣的コストpおよび時間的コストtの変化の影響を検討する。pまたはtの変化は、予算・時間制約線をより傾きが急な制約線l3にシフトさせる。新しい均衡点E3によ

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    り、最適子供数はN1より小さいN3に与えられることがわかる。この結果は式(10)のdN/dp <0および式(11)のdN/dt<0の結果と整合的である。

    3.3.4 妻の賃金率の変化

    第3に妻の賃金率wの変化の影響について検討する。このケースにおいて、変数wの増加に伴う均衡点の変化を確定することは容易ではない。はじめに、wの増加は切片T ·wʹ+Yを上方に移動させ、予算・時間制約線をl4にシフトさせる。この制約線のシフトは、所得効果として最適子供数を部分的に増加させる効果を持つ。同時に、妻の賃金率wの増加は予算・時間制約線の傾き − (p +t ·wʹ) をより急なものに変える。このシフトは、代替効果として最適子供数を減らす効果を持つ。したがって、妻の賃金率wの変化のトータルな効果は確定的なものとはならない。式(12)においてdN/dwの符号条件が確定しなかった理由はこのようにして説明される。 したがって、もし所得効果が支配的であるならば、妻の賃金率wの増加によって世帯

    の子供数Nは増加することとなる。しかし、もし代替効果のほうが支配的であるならば子供数は減少することとなる。図2は代替効果の方が大きく、子供数がN4に減少するケースが描かれている。実際の効果の大小は、実証分析によって確認される必要があり、

    本論文では第5節で確認される。

    4. データ

    4.1. データの出所

    本論文ではノルウェーと日本の地域マクロデータを使用している。ここでは、ノルウ

    ェーの433自治体(市町村)のデータをノルウェー統計局(Statistics Norway ; SSB)およびノルウェー社会科学データサービス(Norwegian Social Science Data Services ; NSD)から得ている。ノルウェーのデータは原則として2000年のものを収集したが、いくつかの項目はデータの入手可能性のため、1999年または2001年のものを使用している。日本のデータは2000年の47都道府県別のものを総務庁統計局の社会人口統計体系より収集している。この節では各変数の概要について紹介する。なお、データの詳細については付録Aに掲載されている。

    4.2. 被説明変数

    本研究における被説明変数は各地域における出生率である。多くの先行研究において

    はTFR(合計特殊出生率)が被説明変数として使用されている。しかしながら、ノルウェーおよび日本の市町村レベルでのTFRの統計を入手することができない。この問題を解決するため、本稿ではノルウェーおよび日本の2000年の人口統計より独自に修正出生率

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    (Modified Fertility Rate; MFR)を定義し、使用することとする。MFRは0歳から4歳(日本)または0歳から5歳(ノルウェー)の子供の数をその地域の25歳から29歳の女性の数で除したものとして定義されている。ノルウェーのSSBの統計によれば、25歳から29歳の女性は最も子供をもうける世代であることが知られている。したがって、ここで定義され

    たMFRは、最も子供をもうける世代の過去5年または6年の出生行動を示すことになる。本論文ではこのMFRを家計の中期での子供に対する需要を表す代理変数として使用することにする。なお、日本は都道府県ベースでTFRを利用することが可能であるが、ノルウェーと同じ条件でデータセットをそろえるため、MFRを同様に作成して被説明変数としている。

    4.3. 説明変数

    4.3.1 男性の勤労所得:Y

    ここでは、男性の年間平均勤労所得を用いている。日本の円単位の所得金額は2000年の購買力平価によってノルウェークローネ(NKR)に換算した。理論モデルの分析で得られたdN/dY >0の結果に従えば、男性の賃金Yは出生率に関し正の影響を持つものと予測される。しかしながら、男性の賃金も代替効果を持ちうる。この2つの効果と非線型性を確認するため、男性の所得の2乗を1000で除したもの(Y2/1000)も説明変数に加えた。

    4.3.2 女性の勤労所得: w

    dN/dwの符号を確認するため、女性の年間平均勤労所得を用いた8。基本的なデータソースと加工方法は男性の勤労所得と同じである。もし、女性の所得が機会費用としての

    意味を持つのであれば、より高い所得は家計にとっての最適子供数N*を減らすこととなる。理論モデルの分析ではdN/dwの符合は確定することはできなかったが、筆者は女性の所得は出生率に対し、マイナスの影響を持つものと予測する。

    4.3.3 保育施設のカバー率: p および t

    家族政策の効果を確認するため、ここでは保育施設のカバー率を説明変数に導入した。

    この保育施設のカバー率の変数は、各地域における保育施設でケアされている子供の数

    をその地域の子供の数(0歳から4歳または5歳)で除して作成した。保育施設は母親の時間的・貨幣的コストを減少させるため、保育施設のカバー率については出生率に対し

    正の偏回帰係数を予測する。

    8 理論モデルに忠実に従うならば、厳密には女性の勤労所得ではなく賃金率、すなわち時間給を使用するべきである。しかし、日本においては時間給に関し女性のパートタイム賃金

    のデータしか得られず。ノルウェーについては全く女性の時間給のデータが得られなかっ

    た。このため、ここでは機会費用を表す変数として、女性の年間勤労所得を用いている。

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    4.3.4 カップルおよび結婚者に関する補正

    地域別の集計データは、その地域に居住するカップルおよび結婚世帯のデータと単身

    世帯のデータの両方を含んでいる9。しかし、統計上両者を容易に区分することはでき

    ない。この問題を補正するため、カップル世帯率を説明変数に加えている。カップル世

    帯率は全世帯から単身世帯を差し引いたものを全世帯数で除して求めたものを使用し

    ている。カップル世帯率は結婚率の代理変数であるとするならば、これに関する偏回帰

    変数は正であることが予想される。

    5. 推計結果とシミュレーション

    5.1. 出生率関数の推計結果と解釈

    5.1.1 推計結果

    修正出生率MFRに関する回帰分析の結果は、表2に示されている。 重み付き回帰分析(Weighted Least Square; WLS)の必要性を確認するため、表2ではノル

    ウェー、日本のそれぞれについて、2組の回帰分析(単純なOLSとWLS)の結果が示されている。明らかに、WLSに基づいて行われた結果のほうがF値および自由度修正済み決定係数において単純なOLSよりも良い結果を示している。したがって、以下ではWLSに基づいて解釈を進めてゆくことにする。

    9 ノルウェーでは婚姻届を出さない事実婚の世帯も多いため、カップル世帯の比率も考慮に入れている。カップル世帯には、事実婚と婚姻届を出した世帯の両方を含んでいる。なお、

    日本については事実婚に関する公式統計は存在しないため、結婚世帯を以って代用してい

    る。

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    表 2 回帰分析の結果

    Norway Japan

    (I) (II) (I) (II)

    Intercept 3.058 *** 1.409 *** 3.106 *** 3.521 *** (6.271) (3.879) (2.880) (4.114) Men's income -0.0147 *** -0.0184 *** -0.0163 -0.0198 ** (-3.965) (-7.031) (-1.578) (-2.322) Men's income^2$ 0.0475 *** 0.0504 *** 0.0281 0.0413 ** (4.454) (7.946) (1.172) (2.207) Women's income -0.012 *** -0.00717 *** -0.00286 -0.00594 ** (-6.897) (-6.490) (-0.824) (-2.054) Couple rate 2.981 *** 5.021 *** 1.139 *** 1.291 *** (6.150) (28.488) (2.961) (3.879) Childcare institution -0.135 0.305 * 0.00184 0.0974

    coverage rate (-0.652) (1.757) (0.017) (0.929)

    Way of Estimation OLS WLS OLS WLS Number of Observation 433 433 47 47 F-statistic 24.286 369.203 28.666 67.918 Adjusted R-square 0.212 0.810 0.750 0.879

    注:被説明変数は修正出生率(Modified Fertility Rate; MFR).。( )内はt値。***は1%水準で有意、**は5%水準で有意、*は10%水準で有意であることを示す。WLSの推計においては、全ての変数を各地域の25歳から29歳の女性の数で重みをつけて回帰分析している。

    5.1.2 結果の解釈

    第1に、ノルウェーの推計結果に関する解釈を行う。男性の所得Yに関する偏回帰係数は有意に負に推計されている。しかし、男性所得の2乗項(Y2/1000)に関する偏回帰係数は有意に正の値が推計されている。この結果は、男性(夫)の所得は、代替効果と所得

    効果の2つの効果を共に持っていることを示している。次に、女性の賃金所得wに関する偏回帰係数は有意に負の値が推計されている。この結果は、妻の所得については代替

    効果のほうが支配的であること示している。 第2に日本の出生率の推計結果について解釈する。自由度修正済み決定係数は、WLS

    モデルにおいて0.879と高いフィッティングを示している。ノルウェーのケースと同様に、男性の所得の偏回帰係数は5%水準で有意に負の値が推計されている。この偏回帰係数の推定値は両国で共におよそ-0.019付近で共通の値が推計されている。男性の所得の2乗に関する偏回帰係数もノルウェーの結果と同様に有意に正の値が推定されてい

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    る。日本の女性の所得に関する偏回帰係数も5%水準で有意に負の値が推計されている。この符号と推定された値の大きさは-0.006から-0.007近辺であり、全体としてノルウェーの推計結果と近い値が得られている。

    カップル世帯率については、両国で有意に正の値が推計され、出生率と強い正の関連

    があることを示している。しかし、推計された係数の規模は両国の間で大きく異なる。

    特にノルウェーに関する偏回帰係数は5.021であり、日本の推計値よりもかなり大きくなっている。 最後に、ノルウェーの保育施設のカバー率に関する推計値は、10%水準で正の値が示

    されている。これは保育施設が出生率に正の影響を及ぼし得ることを示している。日本

    の保育施設のカバー率についても正の値が推計されているが、統計的に有意ではなく、

    P値は0.358である。

    5.2. 出生率回復に関するシミュレーション

    以下では、前項までの回帰分析結果に基づき、ノルウェーで行われている家族政策を

    日本で導入することで、同国に近い出生率を実現することができるかについて検証し、

    実際に出生率水準のシミュレーションを行うこととする。

    5.3.1 シミュレーション 1; 保育所整備の効果

    はじめのシミュレーションは保育施設の改善に関するケースである。このケースでは、

    日本の保育施設の地域の子供に対するカバー率(現行では地域平均で0.316)に関し、以下の2つの場合を想定してシミュレーションを行う。

    シミュレーション1a; ノルウェーと同程度まで整備・充実の場合

    シミュレーション1aでは、保育施設のカバー率がノルウェーと同水準である0.528まで増加した場合を試算する。

    シミュレーション1b; 最大程度に整備・充実の場合 シミュレーション1bでは、保育施設のカバー率が100%になった場合を想定する。

    このシミュレーションでは、表2の(II)から得られた日本の修正出生率(MFR)関数、

    MFR=3.521-0.0198Y+0.0413(Y2/1000)-0.00594w+1.291(Couple rate)+0.0974CICR (13)

    CICR: Childcare institution coverage rate

    を用いる。ここではこの式(13)の変数CICRに0.528と1.000を代入し、他のY、w 等の変数には、現状の値を代入して推定値を求めることとする。

    このようにして得られた新たなMFRの推計値はノルウェーと同様のカバー率を想定

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    したシミュレーション1aのケースで1.245である。これはこのモデルでの現状のMFRの値1.225とほとんど変わらない。また、仮に100%にまで整備されたとしたシミュレーション1bの場合でもその推計値は1.291であり、そのインパクトは小さいといわざるを得ない。 なお、この推計は表2の(II)の結果に基づいているため、いくつかの留意するべき問題

    点を含んでいる。推計結果の解釈の部分でも述べたように、この推計結果では保育施設

    のカバー率について正の偏回帰係数が推定されているが、統計的に有意ではないという

    点である。しかし、出生率が高く、10%水準で有意に推定されているノルウェーの推計結果を見てみても、保育施設のカバー率が出生率に及ぼす効果は、

    ノルウェーの偏回帰係数0.305×ノルウェーのカバー率0.528=0.0514

    である。したがって、ノルウェーのケースでさえ、保育施設単独では出生率をわずか100分の5引き上げる効果しか持っていないことがわかる。 以上を総合すると、他の状況は現状のままにして、保育施設のカバー率を引き上げる

    ことだけで出生率の大幅回復を期待することは難しいと考えられる。

    5.3.2 シミュレーション 2; 女性の育児休業

    第2番目のシミュレーションは、女性の機会費用が育児休業制度の充実によって軽減された場合を考える。ノルウェー統計局の報告によれば、ノルウェーでは4人のうち3人の女性は育児休業を取得する資格があり、さらに4人のうち3人の女性は休業中に就業時の80%の収入を保障されて52週の育児休暇を取るとされている。そこで、ここではこのノルウェーと同様な育児休業制度が日本で実現した場合の効果を推計する。

    この推計のためには、

    • 女性の機会費用に関する偏回帰係数、 • 育児休業の効果が及ぶ女性の比率、 • 軽減される女性の平均所得(機会費用)の水準

    のデータが必要である。この推計には、再び式(13)に示されたMFR関数が使用される。1.の女性の機会費用に関する偏回帰係数はこの式(13)の変数wの係数が用いられる。また、3. 軽減される女性の平均所得(機会費用)の水準は、現在の女性の平均勤労年収の80%が1年間補償されると仮定する。そのため、式(13)には、

    80%補償された女性の機会費用 =(1-0.8)w =0.2w

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    が代入される。 最後に、2.女性が育児休業を取得することのできる資格の比率を『平成12年 国勢調

    査報告』(総務庁統計局)を用いて推定することにする。この値に関して、本論文では以下の3つのパタンを想定した。

    シミュレーション2a; 25歳から29歳の就業・既婚女性の比率を使用する場合 シミュレーション2aでは、育児休業制度充実の効果が及ぶ女性の比率を以下のようにして求めることとする。

    効果が及ぶ女性の比率=

    歳の総女性人口数歳から

    している女性人口数歳の有配偶でかつ就業歳から

    29252925

    この理由は、MFRの算出に用いた女性の人口階級が25歳から29歳であったことに基づいている。この定義による比率は18.5%であった。

    シミュレーション2b; 15歳から44歳の就業・既婚女性の比率を使用する場合 いっぽう、シミュレーション2bでは、育児休業制度の適用を受ける女性の比率を以下のようにして求めることとする。

    効果が及ぶ女性の比率=

    歳の総女性人口数歳から

    している女性人口数歳の有配偶でかつ就業歳から

    44154415

    この理由は、想定されている育児休業の充実は、25歳から29歳の就業・有配偶の女性に限定されるものではなく、他の年齢階級の就業・有配偶の女性にも適

    用されるためである。また、ここで推計に使用されている年間勤労収入wも女性一般のものであるためである。なお、この定義による比率は24.5%であった。

    シミュレーション2c; 25歳から29歳の就業者に占める既婚女性の比率を使用する場合

    シミュレーション2cでは、育児休業制度充実の効果が及ぶ女性の比率を以下のようにして求めることとする。

    効果が及ぶ女性の比率=

    歳の女性就業人口数歳から

    している女性人口数歳の有配偶でかつ就業歳から

    29252925

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    シミュレーション2aとの相違は効果が及ぶ女性の比率を求める際の分母が、25歳から29歳の総女性人口数ではなく、女子就業人口数になっていることである。この理由は、式(13)の変数wに係わる偏回帰係数は非就業の既婚女性の行動も加味された値であると解釈したケースをシミュレートするためである10。この定

    義による比率は44.9%であった。

    これらの前提に基づいて推計された女性の育児休業充実によるMFRの推計値は、最も効果を限定的に捉えたシミュレーション2aで1.361であった。もし、5.3.1で検討した保育施設のカバー率がノルウェーと同様のレベルまで充実したとするケースも加えるな

    らば、MFRの推計値は1.382となる。また、シミュレーション2bでのMFRの推計値は1.436、保育施設のカバー率も加算すると推計値は1.456となる。さらに、もっとも効果を大きく解釈したシミュレーション2cのケースでは、MFRの推計値は育児休業単独で1.556、保育施設の整備を加算すると1.577となった。 これらの推計結果に従えば、以下の2点をいうことができる。第1に保育施設のカバー

    率と女性の育児休業はノルウェーと同様の水準まで整備されたと仮定するならば、現在

    の出生率は13%から29%程度増加するということである11。第2に、保育施設の整備よりも女性の育児休業の充実による在宅での保育機会の整備の方が出生率対策にはより効

    果的であるということである。

    5.5.3 シミュレーション 3; 男性の育児休業

    最後のシミュレーションは、男性の育児休暇取得の充実により、父親の育児参加が日

    本において広範に実現した場合のシミュレーションを行う。 式(13)のMFR関数には、男性所得の代替効果を表すYの係数 -0.0198と所得効果を表

    す(Y2/1000)の係数+0.0413を含んでいる。育児休暇によって男性の直面する所得Yに変化が生じるが、実際に与えられるのは有給の休暇であって、貨幣的給付ではないので、所

    得効果は生じないといえる。そこでここでは、育児休暇充実の効果として、代替効果(機会費用)の軽減の効果のみを検討する。 ノルウェー統計局の資料によれば、ノルウェーの父親は平均で23日の育児休暇を取っ

    ている。また、『平成12年 国勢調査報告』(総務庁統計局)によれば、この効果が及ぶと考えられる日本の15歳から44歳の男性のうち就業・既婚者の比率は38.1%であった。そこで、以下では男性の38.1%が23日分の有給の育児休暇を取得することとする。2000年の年間休業日数は128日であったので、23日分の休暇の増加は、365-128日分の就業日数に対する増加と考えられる。そこで、機会費用が軽減された後の直面する所得Yʹ

    10 未婚女性の行動は、カップル比率の偏回帰係数に表れている解釈される。 11 1.382/1.225=1.128、1.456/1.225=1.189、1.577/1.225=1.287 による。

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    22

    は、

    Yʹ=0.381(Y-(Y×23/(365-128) )

    によって試算した。ここでは、このYʹを式(13)のYに代入し、その効果を求めることとする。 この前提によって試算されたMFRの値は、男性の育児休暇単独で1.395であった。こ

    れに保育施設充実の効果を加算すると推計値は1.416となる。さらにそのうえ、女性の育児休業の効果のうち最も大きな可能性を仮定したシミュレーション2cの効果を加算すれば、保育施設、女性の育児休業、男性の育児休暇を総合した場合のMFRの推計値は、1.747とノルウェーの出生率1.8に近い水準となる。これは、現在の日本においては相当大きな効果ということができる。以上のシミュレーションの内容は表3および図3にまとめてある。

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    表 3 シミュレーション結果一覧

    シミュレーション 内容 推計値

    現行値 修正出生率(MFR) 1.225

    シミュレーション 1 保育施設整備の効果

    1a 保育施設カバー率がノルウェーと同水準(=0.528) 1.245

    1b 保育施設のカバー率が 100% 1.291

    シミュレーション 2 女性が年収の 80%を受給して 1 年間の育児休業

    2a 効果が及ぶ女性の範囲は 25-29 歳の全人口に占める就業・既婚女性比率 18.5%と仮定

    1.361

    2a に加えて 1a の効果が加算されるとした場合 1.382

    2b 効果が及ぶ女性の範囲は 15-44 歳の全人口に占める就業・既婚女性比率 24.5%と仮定

    1.436

    2b に加えて 1a の効果が加算されるとした場合 1.456

    2c 効果が及ぶ女性の範囲は 25-29 歳の就業者に占める就業・既婚女性比率 44.9%と仮定

    1.556

    2c に加えて 1a の効果が加算されるとした場合 1.577

    シミュレーション 3 男性が 23 日の育児休暇による代替効果緩和

    効果が及ぶ男性の範囲は 15-44 歳の全人口に占める就業・既婚男性比率 38.1%と仮定

    1.395

    3 に加えて 1a の効果が加算される場合 1.416

    上記に加え、さらに 2c の効果が加算される場合 1.747

    注:表 2 の(II)の推計結果に基づく試算。推計値 MFR は 0 歳から 5 歳の子供数を 25 歳から 29 歳の女性数で除した修正出生率。

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    図 3 シミュレーション結果一覧

    注: シミュレーション 1a, 保育施設カバー率がノルウェーと同水準(=0.528)となった場合。シミュレーション 2c, 女性が年収の 80%を受給して 1 年間の育児休業を取得するとし、かつその効果が及ぶ女性の範囲は 25-29 歳の就業者に占める就業・既婚女性比率 44.9%と仮定した場合。シミュレーション 3, 男性が 23 日の育児休暇により代替効果緩和され、かつ効果が及ぶ男性の範囲は 15-44 歳の全人口に占める就業・既婚男性比率 38.1%と仮定した場合。詳細は表 3 参照。

    6. まとめ

    6.1. 本論文における問題

    本論文の目的は、日本の低出生率を説明する上で、国際的に標準的な経済モデル適用

    可能性を検証することであった。この問題を明らかにするため、本論文では先進国の中

    でも日本の出生率と対照的であるノルウェーに焦点をあて、実証分析を通じた比較分析

    を行った。 先行研究では、女性の賃金の高さは出生率に負の影響を及ぼし、保育施設は母親の子

    育てと就業の間での時間配分の対立を緩和し、出生率や女性の就業に正の影響を及ぼし

    うるという結果が示されている。しかし、既存研究では時系列データに伴う系列相関の

    問題や保育施設に関する推計値が有意に得られなかったことなどから、決定的な結果が

    得られているわけではない。また、ノルウェーと日本を共通のデータと経済モデルで実

    証分析した研究は少なかった。

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    そこで本論文では、ノルウェーと日本の出生率について比較分析を行うため、2000年基準で収集した両国のマクロデータを用いて実証分析を行った。ここでは、女性の子

    育て時間に関する機会費用仮説を検証するため、修正出生率(MFR)を定義し、これを被説明変数として、出生率関数の推計を行った。

    6.2. 実証分析における結果

    本実証分析によって、以下のようなことが明らかとなった。 • 第 1 に、男性の所得に関しては、両国の推計結果において共に有意に出生率

    に対しマイナスの影響とプラスの影響を持ちうることが明らかとなった。こ

    のことは、男性の所得は所得効果と代替効果の両方を持ちうることを示して

    いる。 • 第 2 に女性の所得に関しては、両国で共に有意にマイナスの偏回帰係数が推

    定された。このことから、出生率低下の原因として、女性の機会費用仮説が

    有力な説明力を持つことが示されたといえる。 • 第 3 に、保育施設の効果について、この回帰分析ではノルウェーでは 10%水

    準で有意にプラスの偏回帰係数が推定されているが、日本では有意な結果が

    得られなかった。しかし、ノルウェーのケースでも出生率を引き上げる量的

    な効果は大きなものではなかった。 最後に、男女の所得に関して推定された偏回帰係数の符号はノルウェーと日本の両国

    において同一であり、係数の大きさもほとんど同規模であった。この結果は、両国の基

    本的な出生行動は、共通の経済学的フレームワークによって説明されることを意味して

    いると解釈することができる。

    6.3. シミュレーションにおける結果

    日本の出生率に関する推計の結果を用いて、本論文では日本においてノルウェーと同

    水準の家族政策が行われた場合の出生率回復の可能性に関するシミュレーションが行

    われた。シミュレーションは、保育施設の充実のケース、女性の育児休業の充実のケー

    ス、男性の育児休暇充実のケースの3つであった。このうち、育児施設がノルウェーと同水準まで整備された場合のMFRの推計値は、1.245であり、現状の値と比して大きな増加は見られなかった。これに対して、女性が年収の80%を受領し、1年間の育児休暇を取得するとした場合のMFRの推計値は最大で1.556、保育施設の整備も加算すると1.577であった。さらに加えて、男性がノルウェーの平均値と同様に23日の育児休暇を取得したと仮定したならば、MFRの推計値は最大で1.747であるという結果が得られた。

    これらの結果から、第1に日本の出生行動は国際的に見て特殊なものではなく、第2にノルウェーの家族政策を適切に導入することにより、十分に回復可能な可能性を持っ

    ているということができる。

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    6.4. 今後の課題

    最後に、本研究で残されている課題について述べる。 はじめに、本推計では保育施設の効果に関し、十分な統計的確証が得られていない点

    があげられる。この理由として、第1に日本ではいわゆる待機児童が存在し、保育所が量的に十分機能できる状態にないこと、第2に保育所が機能するためには、出産後の女性の就業環境が同時に整備されなければならないこと、第3にそもそも保育所の機能それ自体が既存研究でも限定的にしか確認されていないことがあげられる。

    次に残された課題として、シミュレーションの仮定に関するより慎重な吟味をあげる

    ことができる。特に、女性の育児休業に関しては、効果の及ぶ範囲の女性がどの程度で

    あるかと仮定するかによって、推計値が影響を受けるという問題点があげられる。また、

    ここでは就業・既婚女性の比率を基準に育児休業の効果の及ぶ女性の比率を推定してい

    る。しかし、実際には就業・既婚女性の全てが出産するとは限らないので、やや過大推

    計の可能性も指摘できる。その一方で、育児休業が充実されれば、出産時点で退職して

    いた女性の一定部分が就業を継続する行動変化を起こすとも考えられる。もし、この効

    果が期待されるのであれば、育児休業の効果の及ぶ女性の比率は逆に現状よりもさらに

    拡大する可能性もある。 第3に、統計データの問題として、日本では都道府県レベルのデータが用いられてい

    る点を上げることができる。可能であればノルウェーの市町村レベルのデータと完全に

    一致させるため、日本においても市町村レベルでのデータの整備と推計が期待される。

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    付録A: データ解説

    ここでは、データの出所および定義、加工の詳細について記述する。

    1.被説明変数

    修正出生率, Modified Fertility Rate: MFR

    MFR=地域の子供数/地域の25歳から29歳の女性数 Norway

    データ出所: Norwegian Population Statistics of 2000 子供数: 0歳から5歳の子供数

    Japan

    データ出所: 2000年『国勢調査報告』 子供数: 0歳から4歳の子供数

    2. 説明変数

    男性の勤労所得:Y Norway

    データ出所: Tax Return Account Statistics of 2000 所得の定義: 17歳以上の男性の賃金および給与の平均値 単位 : 1,000 NKR/年

    Japan

    データの出所: 2000年『賃金構造基本調査報告』 所得の定義: 15歳以上の男性に支払われる月額給与の12倍 単位 : 2000年の購買力平価により、1,000 NKR/年に換算 購買力平価: OECD (2005)より、1NKR=17.2JPYと仮定

    女性の賃金:w 定義 :賃金率(時間給)の代わりに女性の年間勤労所得を使用。 データの出所および加工方法は男性の勤労所得と同じ。

    保育施設のカバー率, Childcare institution coverage rate: CICR CICR =保育施設でケアされている子供数/地域の子供数

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    Norway

    データの出所 :Annual Reports for Kindergarten of 2000 保育施設の定義 :public and private kindergarten (ノルウェーは保育所もkindergartenと呼ばれる) 地域の子供数 : 0歳から5歳の子供数(保育施設の子供数は5歳以上も含む)

    Japan

    データの出所 : 2000年『社会福祉施設調査報告』 保育施設の定義 :保育園 地域の子供数 : 0歳から4歳の子供数 データ入手の制約上、保育施設の子供数には両国とも4歳または5歳以上も含まれる。

    カップル世帯率

    カップル世帯率=Couple rate =(全類型の世帯-単身世帯)/全類型の世帯 世帯類型の内容 : (1)単身世帯、(2)子供のある・なしのカップル、(3)子供のいる片親世

    帯、(4)子供がいるまたはいない2人以上で構成される世帯 Norway

    データの出所 :Population and Housing Census of 2001

    Japan

    データの出所 : 2000年『国勢調査報告』 データ入手の制約上、カップル世帯率にはルームシェアリングや兄弟姉妹等での同

    居は調整されていない。

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